あの清少納言も好きだった
5月5日、「菖蒲だらけ」の光景とは

年月を経て、あの匂いに慣れた私にとっても、屋根の上に菖蒲が並んだ様子は十分に衝撃だったが、しかし、その足で向かった上賀茂神社で菖蒲の別の形に出くわし、さらに驚いてしまった。

境内を馬が駆け抜けて競う「賀茂競馬」は900年以上続けられてきた(今年は中止)。撮影/秋尾沙戸子

5月5日、境内で行われていたのは「賀茂競馬(かもくらべうま)。文字通り、馬が走って勝負を決める競技だが、ダービーのように何頭も一度に走るわけではない。2組に分かれ、神さまの前で2頭ずつ5組が競う、900年以上も上賀茂神社で続けられている神事だ(コロナ禍の今年は中止。来年に期待)。

乗尻(のりじり)と呼ばれる騎手は、神社氏人の若者たち。約400メートルを疾走する途中、たとえば「見返りの楓」では、騎手が顔を横に振り向けながら走る見せ場もあり、群集から大きな歓声があがる。この熱狂ぶりは『徒然草』にも描かれていて、古来より人気イベントだったことがわかる。

乗尻(騎手)は舞楽の装束の上から菖蒲とヨモギを腰に巻き付けている。撮影/秋尾沙戸子

興味深いのは、誰もが菖蒲を身に纏っていたことである。騎手の腰まわりに菖蒲? 馬の頭にある緑も菖蒲? 騎手も神職も馬使いの腰にもヨモギを添えた菖蒲が着けられていたのだ。これは何を意味するのか。邪気払いか、願掛けか。はたまた、落馬防止のお守りか――。

そもそも賀茂競馬は、平安時代の5月5日、宮中で行われていた「きそいうま」が上賀茂神社に譲られ始まったもの。ゆえに古式ゆかしき作法が随所に残っている。伝統的舞楽の衣装に身を包んだ騎手が、菖蒲を腰に巻くのも、その流れをくんでいる。

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かつて宮中では、節日に天皇が諸臣に酒食を賜る節会(せちえ)が行われていた。清少納言は「菖蒲、ヨモギの香りのする5月は節会の中でも一番趣がある」「前日準備で赤い衣を着て両肩に菖蒲を担いで歩く男子の姿がうつくしい」といったことを『枕草子』に書いている。すなわち5月5日には、その匂いが充満するほど、宮中のそこかしこが菖蒲とヨモギに覆われていたというのだ。

平安時代、端午の節会には典薬寮(宮内省)から天皇へ菖蒲机(あやめのつくえ、菖蒲とヨモギを載せた台のことで、後に御殿風のものに進化する)が献上され、皇太子以下には薬玉(くすだま)が下賜された。午後は、武徳殿で天下泰平・五穀豊穣を祈って「きそいうま」が行われ、勝った騎手は舞楽を披露した。その際、天皇は菖蒲を頭に挿してご覧になり、菖蒲を烏帽子に挿さない者は入城を禁じたこともあったという。