光君は「素行不良のスーパーアイドル」

いしい 『源氏物語』をどういうふうに捉えるかという点については、昔から伝わってきた大きなイメージの影響もあるでしょうね。たとえば谷崎潤一郎さんだったり、瀬戸内寂聴さんだったりの訳は、「帝に物を語って申し上げる」みたいな訳の仕方なのかなという気がします。すごく狭い内輪の、しかも目上の人に、気を遣いながら語っているというか。

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小説家・批評家の丸谷才一さん(故人)は、「『源氏物語』の重大な欠点は、藤壺の書き方がまずいこと」だと指摘しています(『光る源氏の物語 上』、大野晋・丸谷才一、中公文庫)。藤壺と光君との情事の場面が、さっぱりエロくないと。丸谷さんはその理由として、帝の妃である藤壺のベッドシーンは、紫式部にも詳細には書きづらかったのだ、と推測されています。紫式部も、「皇室」への配慮をしていたのかもしれません。

一方で、光君が関係する他の女性たちも、けっこうな身分の人たちなわけですね。たとえば六条御息所は、亡くなった帝の弟の、未亡人です。ということは、紫式部は「帝にだけ配慮しておけば、あとはオッケー」というような割り切り方をしているような気がしています。

何から何まで高尚に書くのではなく、紫式部としては、読者である宮中の若い女の子たちの「うわー、光様、またこんなことしはったぁ~」みたいな反応を楽しみながら、語っていたのではないかな、と。
それを僕は、他の方々より感じながら書いたから、『げんじものがたり』においては主人公を「光の君(きみ)」ではなく「光君(くん)」と呼んでいるんです。素行不良のスーパーアイドルみたいなイメージです。

光の君は不良のスーパーアイドル? Photo by Getty Images