京都のご近所さんのことばのように体に染みこむ

本上 いしいさんの『げんじものがたり』は、京都に住む近所の人たちの普段のことばが、そのまま文章化されている感じなんですよね。ことばがどんどん体に染みこんでいって、時空を超えて、すぐ近所で噂話をしている人たちの声が耳に入ってくるような感覚で読めたというのは、すごく楽しかったです。

どちらの帝さまの、頃やったやろなあ。
女御やら、更衣やら……ぎょうさんいたはるお妃はんのなかでも、そんな、とりたててたいしたご身分でもあらへんのに、えらい、とくべつなご寵愛をうけはった、更衣はんがいたはってねえ。
宮中で、フン、うちがいちばんに決まったあるやん、て、はなっから思いこんだはった女御はんらみんな、チョーやっかんで、邪魔もん扱いしはるん。おんなしくらいのご身分や、それより下の更衣はんらにしても、ずんずんあからさまに、いらいらを募らせはってね。

いしいさんが訳したこの物語の冒頭部分も、紫式部のおしゃべりのように聞こえてきますね。声に出して読んでも楽しそう。

紫式部がおしゃべりしているみたい…Photo by Getty Images
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いしい 原文を繰り返し読んでいると、ここは強調しているな、ここは淡々と俯瞰しているな、ここでは「……でね」とこちらに話しかけてはるわ、といったことが、ありありと伝わってくるんですね。この息づかい、これが「語り」か。そうか、「物語」だ、これ、と。

大野晋さん(故人)という、国語学者で、古文も現代文も問わず日本語を極めた達人が編纂した『古典基礎語辞典』に、「物語」の「もの」についての深い洞察が載っています。そこから考えると「ものがたり」とは、「自分ではどうしようもない何かに動かされて、語ってしまう、ことばの大きな流れ」といっていい。
紫式部が、たった一人であれだけ長い物語を完成させることができたのは、これは「物語」だったからなんですね。ものに巻かれ、つき動かされて語っている、というか。本上さんがこの声を聞き留めてくださって、すごく嬉しいです。

本上 「今を生きている人たちが、今のことばで『源氏物語』を読んだら、こうなんだ」という新しい感覚で、新鮮に『源氏物語』の内容そのものに向き合えました。この点で、いしいさんの書かれた『げんじものがたり』が世に出る意味って、すごく大きいんじゃないかな。