「すごい小説集が出るらしい」

原稿を読んだ書店員を中心に話題になり、発売前から読書メーター「読みたい本ランキング」1位に輝いた小説集がある。
それが一穂ミチさんの『スモールワールズ』だ。

一穂ミチさんとは同人誌で二次創作の小説を書いていたところを編集者にスカウトされ、2008年に『雪よ林檎の香のごとく』でデビューした小説家だ。『スモールワールズ』発売を記念して一穂さんが特別に書き下ろした4000字の短編が、3000ダウンロードされ、「結末に自然に涙があふれた」「なんて繊細で綺麗な文章を書く作家さんなんだろう」「短編に、これだけ色々な感情を掘り起こされる作品もそんなにない」と絶賛の声の嵐となっている。

その特別書き下ろし掌編「回転晩餐会」を、『スモールワールズ』発売を記念し、ダウンロードせずとも読めるように公開させていただけることになった。

こちらで説明をするよりも、ぜひご一読いただきたい。人にはそれぞれ物語があること、様々な想いはつながっていくこと、そして想像力の素晴らしさを、強く感じさせてくれる。

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毎年レストランにくる「夫婦」

回りながら食事をしよう、などと、誰が最初に考えたのか知らない。地球は自転し、我々も常に回転の上で生きているのでさほど酔狂な思いつきでもないのかもしれない。

ビルの15階にある、回転展望レストランで働き始めてもう半世紀近くが経つ。大学生時代、小遣い稼ぎのアルバイトのつもりで入ったのだが何となくそのまま就職し、古株になり、フロアのチーフになり、マネージャーになり、支配人になった。

水平に回転し、席にいながらにしてパノラマの景色を楽しむことができるこの店はもはや私の人生の一部になった。客として訪れた女性と交際から結婚に至り、子どもをもうけたので、大げさでも何でもなく、今の自分があるのはレストランのおかげだ。

ここが地についた回らない店だったら、妻が物珍しさで足を運ぶこともなかっただろう。軽食だけを提供する昼間は一周60分、夜はコースディナーのオードブルからデザート・ドリンクまでサーブする時間を考えて一周80分。微妙な速度の違いを身体で味わいながら、せっせとグラスや皿を運び、暇な時には全面ガラスの外に広がる街並みや空をぼんやり眺める、私はここの仕事が好きで、ここを気に入って通ってくださるお客さまも好きだった。

40年以上の常連客がいる。私がまだ平のウェイターの頃から、年に一度だけいらっしゃるご夫婦だった。最初は恋人同士だったのかもしれないが、「毎年決まった日にやってくるお客さま」と認識した時点で、互いの左手薬指には指輪があった。だいたい1ヵ月前に奥さまから電話で予約が入り、夏の終わりのディナーに西向きの席を指定する、それがご夫婦の毎年のルーティンだった。

まぶしくて目を開けられないほど強烈な西陽がきょうという日をようやく諦めたように沈みゆき、天頂からゆっくりと群青に染まり始めるころ、彼らの80分は始まる。べったりと傍に控えているわけではないので詳細は分からないが、向かい合うふたつの横顔はいつも和やかに笑っていて、サーブやチェックのタイミングでは「ありがとう」「とてもおいしかったです」とちょっとした言葉をかけてくれる。気張りすぎずカジュアルすぎないジャケットやワンピースを身につけ、穏やかで礼儀正しいご夫婦はスタッフの間でも人気があった。

『回転晩餐会』より