「死ね」「ぶっ殺す」…すぐ感情的になる子どもとの接し方

大切なのは「共感を示すこと」
宮尾 益知 プロフィール

なにより「憎らしい」のと「殺す」というのは別次元の話だということを理解してもらうことが重要ですから、直結しないよう冷静に言い換えてあげれば、落ち着いていきます

「誰も本当に殺してやろうとは思っていない。ただ言葉を知らないだけだ」と考えるべきなのです

 

「言われたら言い返せばいい」

繰り返しになりますが、ASDの子どもには共感を示すことが非常に大切です。診察で直接話すと感じるのですが、やはり「憎たらしい」とか「殺してやる」といった言葉を吐くということは、自分としてはそれだけ「大変なこと」を言っているわけです。そこで診断する側が「そうだよな、殺したくなるほどイヤなやつだよな」と言うと、自分が口に出した言葉が「一般化」されてしまうわけですから、そんなに特別な話ではなくなってしまうわけです。

つまり、「死ぬ!」と言えば、「みんなに自分の思いが伝わってびっくりするだろう」と思っていたのに、「それは、誰でも死にたいと思うよね」と言い換えれば、自分の言っていることが決して特別なことではなく、一般的なことであって、「みんな同じように思っているんだ」と理解するわけです。極端な感情表現は、あくまでも言葉だけの話なのです

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基本的に、「でも、あなたも悪かったんじゃない?」などと表現をやわらかくしたとしても、あまりいいことではありません。本人は被害者だと感じているわけですから、「あなたが悪い」ということではなく、そこは多少心情を酌んであげて、あくまでも「悪くない」という姿勢で共感しなければ、子どもの感情が収まることはありません。

また、子ども同士のケンカで、すぐに手を出してしまう子がいます。手を出すということ自体はもちろん悪いことですが、喧嘩両成敗という言葉があるように、言ったほうも殴ったほうも悪く、両方悪いと考えるべきなのです。

そういう時は、「バカヤローと言われたらバカヤローと言えばいいんだ」とまずは注意すべきで、そのうえで、相手を殴ったことは「やりすぎだ」という話をしたほうがいいでしょう。

こうした対処法をわかっている学校の教師なら、「なるほど、お前のことはよくわかった。言ったやつも悪い。でも殴ったことだけは謝れ」と諭します。

「この次からは、バカと言われたらバカと言えよ。それだったら、先生は間に入らないよ」こう言えばすむ程度の話なのです。

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