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「死ね」「ぶっ殺す」…すぐ感情的になる子どもとの接し方

大切なのは「共感を示すこと」

子どもに発達障害の疑いがあるとき、親はどのような行動をとればいいのでしょうか。実際にASDの子どもを持つほかの親が、どういった症状に悩み、問題を抱えているのか、具体的に知りたいという方は多いでしょう。

先日『発達障害と人間関係――カサンドラ症候群にならないために』(講談社現代新書)を上梓した宮尾益知医師が、子どもたちのASDの症例とともに、いくつかの対応策をわかりやすく解説します。

情報をまとめられないASDの子どもたち

ASDの人というのは、さまざまな個別要素があっても、全体を総括して「要するに」というまとめ方ができないということです。

受診にきていたある男の子の話ですが、風邪をひいて調子が悪かった時がありました。調子が悪いわけですから「風邪をひいたから調子が悪いんだよね」と言うと、「いや、でも僕、調子が悪いんです」と同じ言葉を返してきます。つまり「風邪をひいている」ということと「調子が悪い」ということが一連の流れとして結びついていないのです。

 

普通なら「風邪をひいたという理由があるから、結果として体がだるくて調子が悪いんだ」と理解できますが、ASDの場合は、原因と結果を一連の流れとして理解することが苦手です。風邪をひいて体がだるければ、薬を飲んで三日寝れば治ります。もしそれが、がんで体が悪くなって、その結果としてだるくなっているのであれば、命の危険があり、最悪の場合は死んでしまいます。

私たちはそうやって「度合い」によっていろいろなものを判断しているわけです。

風邪をひいている時のだるさと、がんで感じているだるさは、まったくレベルが違うのですが、彼にとっては熱によってまったく動けないだるさのほうが大変なのかもしれないのです。調子が悪くて「本当にこのままで大丈夫なのかな」と心配しているわけですが、それはあくまでも「その時点」での状態しか理解できていないことになります。

またある女の子は、「おじいちゃんが死んで、私の目から水が出たんですけど、どうしてですか」と真顔で訊いてきました。「それは悲しいということなんだよ」と説明して、ようやく理解できるのです。

私たちはさまざまなものを総合的に情報として集めて物事を判断していますが、彼らの場合は、感覚だけが独立しています。つまり、彼らにとってそれぞれ個別の事柄に共通項はなく、独立しているまったくの別ものなのです

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