宗教には、心身をなげうって飛ばねば見えない領域がある

「宗教の本質」とは? 往復書簡 第一信・A
釈 徹宗 プロフィール

「不合理だから信じる」と「信じることはわかること」

若松さんもご存知のように、宗教研究ではしばしば「不合理なゆえに我信ず」(二世紀のキリスト教神学者・テルトゥリアヌスの言葉とされている)として、理知と信仰とを対立項でとらえます。確かに、不合理だからこそ「信じる」と表現するのであって、合理的に納得できるなら「信じる」のではなく「わかる」とか「理解する」ですよね。

かのマルティン・ブーバーは、学生に「宗教の本質はなんですか?」と尋ねられたとき、それはイサク奉献だ」*と答えたそうです。

実存哲学の祖といわれるキェルケゴールも、このアブラハムの行為こそが宗教の本質だと考えました。彼らは、宗教の本質とは不合理だ、と語っています。不合理なものの究極は信仰です。社会や世間という体系には納まりきらない不合理、それを宗教は内蔵しています。

キェルケゴール(Photo by gettyimages)

一方、仏教が語る「信」はもっと理知的な行為となります。漢訳仏典の「信」の原語はシュラッダー(サンスクリット語。パーリ語ではサッダー)やアディムクティですが、これは「身も心も納得している」といった意味となります。そのため「信解」や「信知」などとも訳します。「信じる」は、究極的には「悟り」と同義ともなります。こうなってくると「信じる」はかなり幅のある概念であると言えます。

*「イサク奉献」とは、ユダヤ教の聖典(キリスト教では『旧約聖書』と呼びます)に出てくるお話です。アブラハムという深い信仰に生きた男が、神から「お前の息子をいけにえにせよ」という命令を受けます。息子のイサクは、アブラハムが待ちに待ってやっと生まれた一人子なのです。アブラハムは悩んだすえ、イサクを神の命令通り殺して捧げようとします。すんでのところで、神は「お前の信仰が本物なのはわかった。もうよい」と止めるのです。
 

どうしても信じられないという宗教性

「信じる」を幅広くとらえるなら、「どうしても信じられないという信仰」や「信じられないという宗教心」みたいなものもあると思うんです。

さきほど、司馬遼太郎の「ぎりぎり境界まで行く」といった話を述べましたが、それはある意味司馬の宗教心でしょう。前述したように、最後の「飛ぶ・飛ばない」は、もはや自分の意思ではなく、被投される事態のように思うのです。

私のように宗教的感性に恵まれていない人間にとって、信じられるのは宗教的才能だと感じます。だから信じられる人に対してコンプレックスがあります。

もう少し司馬遼太郎について追加しますと、橋本峰雄(哲学者・浄土宗僧侶)との対談において、司馬は次のように語っています。

「極楽があるかどうかという問題でいえば、そういう絶対的な問題にいきなり入るのが宗教でしょう。極楽があるかどうかという設問をしたときに、すでにもう宗教はなく、相対的な世界になってしまう。思考を何十年と重ねても絶対的境地には至らないわけですから、いきなり『南無阿弥陀仏』を唱えることのできる人の偉さというのをぼくはいつも思っているわけです。いつも思っていても、はからいの多い世の中に生まれてしまいまして、さらにはむしろそのはからいごとのほうに関心があるわけです」(『宗教と日本人』)

 この話は、とてもよくわかります。まさに私自身のコンプレックスもここにあるからです。私などはどうしてもいろいろと理屈が必要になります。ところが、宗教的才能にあふれた人は、あっさりとそのハードルを乗り越えていきます。司馬が言う「いきなり『南無阿弥陀仏』を唱える(称える)ことのできる人」です。凡人にはなかなかできない動きが、身体能力の高い人はあっさりとできてしまうのと同じです。司馬はあっさりと聖の領域へ自己投棄することに抵抗があったので、あくまで世俗に足をつけた歩みを重視しました。

信じられるのはまぎれもなく宗教的才能でしょう。しかし、それでもなお踏みとどまる才能を持った人もいるんじゃないでしょうか。

そういえば、作家の高村薫さんとお話した際、彼女が「私はどこまでいっても信じられない人間で、宗教心がないんです」とおっしゃっていますが、彼女はとても篤い宗教的情熱をもっていると感じましたし、作品には深い宗教性が発揮されています。こうなってくると、飛べないことも才能なのかもしれない(笑)。

 そんなわけで、どうしても信じられないという宗教性もあるんじゃないか、などというおかしな着地となりました。「信じる」から「宗教性」へと論点がスライドしてしまいました。ご寛容ください。

〈若松氏の返信はこちら

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