海洋学者もやっぱり船には酔う!フィールド科学の魅力とは何か?

観測航海の大ベテラン、語る
蒲生 俊敬 プロフィール

書を読み、海へ出よう

海洋を深く知ることは、これからの地球環境と向き合う上で重要性を増していくことでしょう。『なぞとき 深海1万メートル』では、これまでの海の本ではあまり重視されることのなかった深海や超深海に、めいっぱい光をあててみました。

深海や超深海の科学は、まだまだ発展途上にあります。言い方を変えれば、あちこちに宝の山が発見されるのを待っているということです。本書にも書きましたが、我が国はその排他的経済水域(EEZ)の中に、世界の国々の中で最も多く超深海を抱えています。地の利(海の利?)があるということです。放っておく手はありません。

もちろん、どんな分野にしても、研究は決して楽なものではありません。それは海の研究も同じです。それでも本書に興味をもった若い方々には、ぜひ深海・超深海の研究に果敢にチャレンジしてほしいと願っています。苦労にみあう面白い発見がきっとあるはずです。

海賊に遭遇!? 

最後に、研究航海中のこぼれ話をひとつ。もう20年近く昔になりますが、白鳳丸に乗船し、フィリピンのルソン島はるか西方の南シナ海にいたときのことです。明け方までかかったカルーセル採水作業が一段落し、生物グループによるネット引き(生物試料の採取)と交代したので、私は居室に戻り、しばしうたた寝をしていました。

突然、「ブオオオオ……」と大音量の汽笛が鳴り響きました。外洋域で汽笛が鳴るのはただ事ではありません。びっくりして飛び起き、船橋にかけ上がりました。私の居室は船橋のすぐ下でした。

船長ほか当直者数名、一様に緊張の面持ちで船の後方を見据えています。視線をたどると、怪しげな小型船が本船に向かって急接近しているのがわかりました。先程の汽笛は、この船に警告を与えるためのものだったのです。

「まさか、海賊?」南シナ海を含め、東南アジア海域では時々海賊が出没しており、本船も航走中は扉に施錠し、舷側には細い電線(一種の鳴子)を張り巡らすなど警戒していました。

白鳳丸はもちろん一切武装していません。外敵に対してできることといえば、消火ポンプで海水を噴きつけることくらいです。このときも後部甲板では万一に備え、当直航海士の指揮で放水準備が完了していました(放水を始めていたかもしれません)。しかし相手が銃を持った本物の海賊だったら、そんなことで太刀打ちするのは難しいでしょう。

小型船は速度を落とし、白鳳丸の右舷に横並びになりました。乗船者は6〜7名で、全員男のようです。そして彼らは、武器は何も手にしていませんでした。「ああ、漁船らしいや」と、皆ほっと胸をなで下ろしました。船の長さは十数メートルほどで、安定のためのアウトリガー(浮き)が左右についています。船名なのか、“Ruby”と書かれたプレートが船縁に貼り付けてありました。

南シナ海で遭遇した不審船(2002年12月、白鳳丸より撮影)

男のひとりが、丸太ン棒を組みあわせただけのマストによじ登り、甲高い声で話しかけてきました。何かクレームをつけに来たのでしょうか。漁のじゃまだとか、網を破られたとか……。しかしフィリピン語らしく、さっぱり理解できません。

と、ひとりの研究者がマイクを手に応対を始めました。「そうか、彼の出番だ」このとき白鳳丸には外国人の研究者が何名か乗船しており、そのひとりがフィリピン大学の先生だったのです。小型船の男も「ああ、助かった」というように笑顔を見せました。研究者や当直の船員が鈴なりになってこの先生を囲み、海をはさんでの対話が続きました。いつの間にか船長も対話に加わっていました。

やがて小型船は再び速度を上げて遠ざかっていきました。後で皆から聞き集めた情報によると、彼らはルソン島から来た漁民で、近くの環礁(スカボロー環礁かと思われる)近くにある漁場をめざしていたが、コンパスが故障して迷子になってしまった。それで現在の位置と方向が知りたくて近づいてきたというわけです。

船長の計らいで、水や食糧など必要なものがあれば提供すると伝えましたが、大丈夫とのことで、あの後ぶじ陸に戻ったのでしょう。ともあれ海賊船でなくてよかった! 研究船でたまに予期せぬスリリングな出来事があると、強く印象に残ります。この日の記憶は今でも鮮明によみがえってきます。
 

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