諦めずにやってみる

「せっかくだから、やってみましょう」

風の強い日だった。六本木のビルの谷間。緩やかなカーブを描く道沿いに咲く桜は、もう少しで満開になりそうだった。せっかくなら、この桜の木の下で撮影がしたいと、浦井さんをビルの外へと連れ出した。夕刻が近づいていたせいか、さっきよりも風が強くなっていた。立ち位置は決まったものの、なかなか止みそうにない。風待ちの間、雑談をしながら数分経過した頃、ヘアメイクさんが言った。

「このまま、風が止まなかったらどうしますか?」
風が止むのを待っていても、いたずらに時間が過ぎていくだけだ。諦めて、室内の撮影に切り替えた方がいいかもしれない。そう気持ちが揺らぎかけたとき、辺りに、浦井さんの明るい声が響いた。

「とにかくやってみましょう。せっかくだからもうちょっと待って。風が一瞬でも止んだら、その隙に撮ってください。あ、今だ!」

浦井さんが淡いピンクの空間に自然に佇んだ。ほんの数カットだったが、ものすごい集中力で少しずつポーズや表情を変えていく。その日身につけていた衣装も、髪や肌の色も、すべての色合いが柔らかい。短い時間だったけれど、そこにいた誰もが、ふんわりとした優しさに包まれていた。

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舞台人はよく、「Show must go on」という言葉を使う。「一旦舞台に立ったら、何があってもショーは続けなければいけない」という意味だ。今回は、歌でも芝居でもなく、桜の満開の下での撮影だったが、アクシデントをものともせず、ステージできっちり自分の役割を果たすエンターティナー的スピリットが、「とにかくやってみましょう!」の一言に集約されていた。人間の本質というのは、普段のさり気ない言動の中にこそ現れてしまうもの。だとすると、浦井さんの振る舞いこそは、表舞台で大勢の人を魅了し続けるスターそのものだった。

取材の数日前に、浦井さんは、自身2枚目となるアルバムをリリースしたばかりだった。『Piece』と題されたそのアルバムには、それまでに浦井さんが出演したミュージカルからのナンバーの他に、J-POPのカバー曲や、3曲のバラエティに富んだオリジナル曲で構成されている。

撮影/岸本絢
浦井健治(うらい・けんじ)2000年「仮面ライダークウガ」敵の首領役で俳優デビュー。04年ミュージカル『エリザベート』ルドルフ皇太子役に抜擢されたことをきっかけに、ミュージカル、ストレートプレイ、映像など、幅広いジャンルの作品に出演するようになる。06年初主演ミュージカル『アルジャーノンに花束を』では難役に挑み、ミュージカル『マイ・フェア・レディ』の演技とともに菊田一夫演劇賞、紀伊國屋演劇賞個人賞などを受賞。15年には、『アルジャーノンに花束を』の再演『星ノ数ホド』の演技に対して読売演劇大賞最優秀男優賞を受賞。17年には『ヘンリー四世』はじめ、『アルカディア』『あわれ彼女は娼婦』ミュージカル『王家の紋章』の演技に対して、芸術選奨文部科学大臣新人賞<演劇部門>など数々の演劇賞を受賞。現在は「浦井健治のDressing Room」(ニッポン放送)にてラジオパーソナリティを務めるなど多彩な活動を展開。
21年3月24日、俳優生活20周年を記念し、セカンドアルバム『Piece』をポニーキャニオンよりリリースした。4月20日には東京国際フォーラムにてアニバーサリーコンサートが開催される。