入籍に対する心理的ハードル

別姓でないと、自立した夫婦関係だと、私たちらしいパートナーシップだと、社会から認めてもらえないのではないかと思っていた。今でも、選択できるのであればそうしたい。でも、形にとらわれずとも、旧来の制度のまま、新しい生き方ができるかもしれない。今なら、自分次第で自由にやっても、それほど茨の道ではないかもしれない。そう思ってから、私たちの動きは早かった。

もちろん、現在、選択的夫婦別姓が採用されていたら、利用していた。でも、待っているのもおかしな話。法律にタイミングを決められたくない。

氏ついては、私には『バービー』という認知されている名前があるので、彼の方に統一することにした。

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私はこの世で1番苦手なのが手続きなので、名義変更がかなり億劫なのだが、彼の一番得意なことは手続きなので、ここはひとつ分担してやりたい。

写真提供/バービー

最初は面倒かもしれないが、入院、手術、死んだ時に、婚姻関係であるときはかなり強い。事実婚と比べると、ライト級と重量級ぐらい違う。入籍に対する心理的ハードル。

家父長制の名残がある、日本古来の家族観には個人的に違和感があった

結婚は、恋愛じゃない『家と家同士』のもの。男性の収入で家族を養い女性は家庭を管理するもの。妻の行動管理は旦那の責任、旦那の体調管理は妻の仕事。メンバーの責任は家族の責任。介護や育児は家族でなんとかしなさい。外注が悪のような雰囲気などなど。
 
もちろん、これらが美しい形を成すことはわかる。そして、その絆のもとで、生きている人達がいることも。それを否定するつもりは毛頭ない。でも、その陰には必ずしっかりと踏ん張って、我慢しながら支えている人がいて、歪みは一ヶ所に溜まりやすいと感じていた

何より、この形を取りたい人は取ればいいし、取りたくない人は取らなくてもよいという選択の幅があれば、みんなが自分らしく生きられるのではないか。 

氏が違うことで、私たちはその家族像を選びとっていませんよ、というスタンスを示すことができればと思った。しかし、法が『形』を許さなくても、私たちなりの家族像を選んでいくと決めた。

写真提供/バービー