ALS(筋萎縮性側索硬化症)を検索すると「感覚があるままに体が動かなくなる病気」という説明が多くされています。もう少し詳しい説明を探すと「筋肉が動かなくなってしまう」と書かれてています。そして「現在、効果の認定されている治療法がない」と言われていることで知られています。前回は還暦になった思いと要介護や身体障碍者手帳の申請の話。そしてそこから始まる在宅介護に対する思いを書きました。今回は現在の在宅介護の様子や、睡眠を中心とした私の日常をお話ししたいと思います。

2019年3月、突然歩きにくくなってしまったという声優の津久井教生さん。半年の検査入院を経て、同年9月にALSだと告知されました。足と手の症状が進行し、現在は要介護4。それでも、ニャンちゅうの声をはじめとして声のお仕事を続けています。ALSという病にかかってからのことを率直に綴る連載「ALSと生きる」も、最初はキーボードのブラインドタッチだったのが、現在は口に割りばしを挟んで一文字一文字打ち込む「秘技・割りばし入力」で執筆。現実と向き合い、今を生きる津久井さんが、「出来なくなること」と、介護されるようになる事の重要性を改めて語ってくださいます。
2020年の「ニャンちゅう」チームの皆さん。左から比嘉久美子さん、津久井さん、鎮西寿々歌さん 写真提供/津久井教生
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罹患の要因かも?睡眠不足の話

昔は睡眠時間は5時間くらいでした。夜中の1時過ぎに寝て、朝6時過ぎには起きる感じです。さらに忙しくなると、睡眠時間を削って3時間くらいになるのはざらでした。少し自分を痛めつけることに関して悦に入っていた部分もあります。「こんなに忙しい」「こんなに頑張っている」「寝不足になっている自分がカッコいい」というような感じです。周りのALSの方の中にも、私と同じようにバイタリティーが溢れすぎあまりねていなかったという方もいらっしゃいました。。

当然ながら健康的に持つはずもなく、私は30代半ばで大きく身体を壊して「敗血症・多臓器不全」と診断されて危篤状態のようになりました。この時は体重が47キロを切り、さすがに死を意識しました。そこから立ち直った後、50歳くらいまでは「なるべく睡眠時間を取って、身体の修復が出来るようにする」と心がけるようになったのです。これは医師からのアドバイスでもあり、生活改善が大切であると、この時に感じたのも事実です。

声優活動のみならず、舞台のプロデュースと出演、講師としての活動……フルフル回転の毎日だった 写真提供/津久井教生

それと合わせて、40歳になってすぐに左足を大けがし、車椅子に8ヵ月もお世話になって、否が応でも睡眠や休息を取らざるを得ない状況に立たされました。この時も医師から「骨も含めて身体の修復のためには、十分に睡眠時間を取ってください」といわれました。そこそこ歩けるようになるまでの数年は0時前に眠るようにして、リハビリに努めました。これからもっと調べたいと思いますが、ALSに罹患した方に同じような睡眠不足の方がどれくらいいらっしゃるのかは気になります。同じような睡眠不足とは、基本的によく寝られるタイプの人なのに、やりたいことがあって寝ないという睡眠不足ダメージのことです。

ALSに罹患してから、私はベッドにいる時間が長くなってきました。でもベッドの上で寝ているようで、そうでもないことが多いようです。良質の睡眠をしっかりと確保していきたいです。