photo by iStock

「夫がそばにいるだけで動悸がしてくる」妻たちの本音と苦悩

「カサンドラ症候群」とは何か

昨今、ASD(自閉症スペクトラム障害)などの発達障害に関しては、数多くの書籍が刊行されるだけではなく、雑誌やテレビでも特集が組まれるなど、その認識はかなり広がってきました。
しかし、ASDのパートナーを持つ人が、自分一人で悩んでしまうことによる精神・身体的不調を表す「カサンドラ症候群」という言葉は、まだよく知られていないのではないでしょうか。

先日『発達障害と人間関係――カサンドラ症候群にならないために』(講談社現代新書)を上梓した宮尾益知医師が、「カサンドラ症候群」についてわかりやすく解説します。

パートナーがASD

カサンドラ症候群(Casandra Affective Disorder)、カサンドラ情動剝奪障害(Casandra Affective Deprivation Disorder)といわれても、いまはまだ「よくわからない」という人が多いかもしれません。

 

ASDの症状としては、社会的コミュニケーションの障害(視線が合いにくい、視線をそらすなど他者の表情や気持ちが理解しにくいといった症状)があげられ、家族間であっても、心が通い合っていないように感じてしまいます。

その結果、ASDの夫または妻、あるいはパートナーと情緒的な相互関係が築けないため、その相手(配偶者やパートナー)に生じる身体的・精神的症状を表わす言葉です。

医学的に正式な診断名ではありませんが、知的な遅れのないASDの配偶者やパートナーとの、会話や親密な関係の不在に悩む用語として、精神科の医師などの間では広く使われており、パートナーや配偶者などとの情緒的交流の不在に悩む状態を的確に表わしている呼び方です。

ギリシャ神話の人物名からとられた

もともとカサンドラとは、ギリシャ神話に出てくる悲劇の預言者の名前です。トロイアの王女であったカサンドラは、ある日、神アポロンに求愛されて予言の能力を贈られます。しかし、その力を持った途端、カサンドラはアポロンの愛が冷める未来を予見し、アポロンを拒絶してしまいます。すると怒ったアポロンは、カサンドラが予言しても誰もその言葉を信じないという呪いをかけました。

そのため、トロイアがギリシャ軍に敗れるきっかけ(「トロイの木馬」)を、カサンドラが予言していたにもかかわらず、彼女の言葉は誰からも信じてもらえません。トロイア落城の際、カサンドラは王家の一員としてギリシャ軍に追われ神殿に逃げ込み、アテナ女神の像にすがって助けを求めます。本来、神の像は神聖なものですから、その前で血を流したり暴行したりすることは、宗教的に禁じられているからです。

カサンドラ(photo by Wikimedia Commons)

しかし、カサンドラはギリシャ軍の小アイアスに乱暴されたあげく、ギリシャ軍の総大将であるアガメムノン王の戦利品・奴隷となってミケーネに連れて行かれます。そこで彼女を待ち受けていたのは、突然の死でした。アガメムノンを恨んでいた彼の妻クリュタイムネストラにより、カサンドラは殺されてしまったのです(彼女はそれすらも予言していたといわれています)。

理不尽なアポロンと、彼のせいで望まなかった予言能力を持ってしまい、国は滅び、敵には凌辱され、敵の妻に殺されたカサンドラ――ギリシャ神話に出てくるこの二人の関係が、ASDの特性を持つパートナーとの間に起こるさまざまなトラブルに喩えられて、カサンドラ症候群の概念が生まれました。

具体的には、妻が夫とのコミュニケーション上の苦痛を周囲の人たちに訴えても、夫には問題がなさそうに見えるため誰からも信じてもらえず、結果として自分一人で苦しみ悩んでしまう症状を「カサンドラ症候群」と呼んでいます

関連記事