「JAPAN’S AUTHENTIC LUXURY」の略語となる造語「JAXURY」とは、『日本が誇るほんもの』を意味します。そんな世界が認めるJAXURY、茶道の所作の美しさについて、「銀座の金沢」で、茶と工芸の世界を行き来する奈良宗久さんにインタビュー。

茶道の所作の美しさの所以について伺ったところ、「型が留まることなく丸く流れるように行われるからかもしれません。初釜で飾られるのは柳で円を作った結び柳。始まりがあって終わりがある『線』ではなく、禅僧が描く『円相』のように、循環している『円』のように」と奈良さんは語ります。

「線」ではなく「円」のように生きる。それを意識するだけで何かが静かに変わるかもしれません。

お話しを伺ったのは……
裏千家 業躰 奈良宗久さん
茶道家。裏千家業躰(ぎょうてい)=家元のそばに仕え、厳しい修行を積むことで、家元の補佐をし、茶道を伝えることを許された一握りの指導者のこと。1969年、金沢の名門窯元「大樋焼」の家に生まれる。美術、陶芸を志しながらもやがて茶の道へと進む。
好古庵 kokoan-kanazawa.com

「線」ではなく「円」で生きてみる。

お点前で使われた、奈良さんのおじいさまである九代大樋長左衛門(陶土斎)作の茶碗、前田家の家紋である梅鉢が描かれた棗は山中塗、大下宗香作。現在の前田家のご当主に「金沢」という銘を書いていただいた茶杓。坐忘斎御家元好み 和親棚。

茶道の「和敬清寂」という言葉をご存知でしょうか。「和」とは人と人が和むだけでなく人と空間も和むこと。「敬」も人を敬うだけでなく茶碗や道具、すべてを敬うこと。「清」は道具を清めながら自分の心を清め、それを見る人の心も清めること。そして、この三つが成り立った時に初めて「寂」となる。物事に動じない精神、寂然不動ができる。全てをわかった上での安定した心を得た境地のことです。

また、「稽古とは一より習い十を知り 十よりかへるもとのその一」という、千利休居士の言葉がありますが、十を知れば終わりではなく十を知ってみると未熟な一の自分が見えてくる。ものごとに終わりはなく循環しているのだと。こういう発想はとても大事だと思います。

時々「お茶の飲み方だけを習いたい」という方がおられます。でも、やはりお茶を点てる稽古も必要です。亭主をすれば客のことがわかり、客をすると亭主のことがわかる。亭主と客とは言いつつ二元的に考えず一緒だと捉えればいい。これは全ての事に通じますし、そうすれば人間関係がぎくしゃくするなどということもなくなると思うのです。これは世界にも通じるJAXURYなのではないでしょうか。

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月も雲間のなきは嫌にて候村田珠光

無限ではなく、有限。
命あるもにものに対する満ち欠け。

安定よりも不安定が面白い。

月も雲間のなきは嫌にて候。これは、茶人で僧侶でもあった村田珠光の言葉です。不完全なもの、均一ではないものに美を見出した日本の“侘び”の世界。その美意識を表したものとして知られています。

それは楽茶碗にも見ることができます。そして、千利休居士の弟子、“利休七哲”の一人で徳川秀忠の茶道指南役であった古田織部の「へうげもの」といわれた、ゆがみ、ひずみのある沓形の茶碗もそうです。ろくろを使って仕上げていて、そこで終われば均一にできるのにあえて手を加えゆがませ、ひずませています。ただ、楽茶碗が内に向かう茶碗だとすれば、古田織部の茶碗は、ろくろを使い外に向かっていく高麗茶碗と、手捻りで内に向かっていく楽茶碗の両方の要素を取り入れた茶碗だと思います。

慶長年間というのは、豊臣家から徳川家に天下が移り、関ヶ原の戦いや大阪冬の陣や夏の陣、下克上などもあって、先行きに不安がある中でも激動し、躍動した時代です。安定した時代よりも少し不安定な時代に傾いた(かぶいた)ものが生まれています。複雑な絞り染めの辻ヶ花が誕生したのもこの時代。静から動、内から外に向かう力強い時代に新しいものが生まれると歴史が語っています。現代でも今後何か新しいものが生まれるかもしれません。