武蔵野美大の異色の研究者が取り組む「宇宙気候学」とは何か?

地球気候のカギは太陽が握っていた⁉
リケラボ プロフィール

地球環境は宇宙の影響を受けているのか

——仮に宇宙線が地球環境に影響を与えるのだとすれば、どのようなメカニズムが考えられるのでしょうか。

宮原 ポイントは雲です。雲は光を強く反射するため、雲の量により地上の天気が左右されます。宇宙線と雲の関係を考えると次のようなメカニズムが想定されます。

まず宇宙線が、大気の気体分子をイオン化させます。これは誰もが認めるところです。続いてイオン化された分子から雲粒の核となる雲核ができ、それらに水蒸気が集まって雲粒が成長して雲ができる。これがスベンスマルクの仮説です。

ただし、宇宙線が大気中で雲核を増やしたとしても、それが最終的にどれほど雲粒を増やすのかまでは確かめられていません。雲粒の大きさは3μmから10μmほどあり、雲核のサイズはそれより2桁ほども小さいのです。スイスのCERNにある大型加速器を使って、模擬大気に放射線を当てて雲核をつくる実験なども行われましたが、果たして実際の自然界で何が起こっているのか。結論が出るまでには、まだしばらく時間がかかりそうです。

——ところで地球の直径は約1万2700kmもありますから、宇宙線の影響には地域差が生じそうですね。

宮原 ホットスポットと呼べるような、宇宙線の影響を強く受けやすい地域は確実にあるはずです。宇宙線がたくさん降り注いでいるのは地磁気が弱い北極や南極なので、そのあたりがホットスポットではないかと考える研究者もいますが、私は赤道、特にアフリカやインドネシアのあたりではないかと考えています。赤道付近の雲のリズムを見てみると、太陽が活発なほど、27日周期が強く現れているのです。

地球自身も様々な周期を持っていますから、宇宙からの影響は慎重に見分けていかなければなりません。でも、こういった解析結果は、地球の気象についての新たな考え方を示してくれているように思います。

美大で物理を研究する

——そもそも物理に興味を持ったのはいつ頃なのでしょう。

宮原 小学生の頃は『子供の科学』の付録についてくる実験を、自分で試してみるのが大好きでした。広く科学全般に興味がありましたが、最終的に一番魅力を感じたのは物理でした。あらゆる現象の根源に迫ろうとする分野であることや、一見複雑な現象も、いくつかの数式だけで説明してしまう、その明解さに魅力を感じました。大学で進学先を決める際には、生物物理か宇宙物理で悩んだのですが、最終的には宇宙を選びました。

——名古屋大学で学位を取り、東京大学宇宙線研究所やNASAでも研究していながら、畑違いの武蔵野美術大学に研究室を構えたのはなぜですか。

宮原 博士課程を修了してから7年ほど任期付きの職を転々とした頃に、もっとじっくり、腰を落ち着けて研究に取り組みたいと強く思うようになりました。研究の事情や個人的な事情もあって、関東でそれが実現できたらと。

そう思っていたときに、たまたま武蔵野美術大学が、自然科学分野の教員を公募していたのです。思いきって応募したところ、運良く採用していただけることになりました。美術大学ということで、未知数な部分もありましたが、自由に研究テーマを設定することができ、新しい研究テーマにチャレンジすることもできました。

最初は他大学のラボを使わせていただいたりしながらのスタートでしたが、大型科研費で少しずつ環境を整え、この大学では初めてとなるポスドク研究員の受け入れも実現しました。2020年には財団からトラバーチン研究のための助成金をいただけることになり、分析を本格的に進めるための設備もセットアップできました。

トラバーチンの分析風景

——広大な宇宙が相手だけに、研究はじっくり取り組む必要がありそうですね。

宮原 炭素14にしても、ベリリウム10にしても、試料の中の本当にごくわずかな量を測定し、1年ごとの変化を読み取っていく。とても地道で慎重な作業が必要です。しかも分析は基本的に、思ったようには進みません。最近論文にまとめることができた研究は、結局開始から10年かかりました。気長に取り組まなければなりませんね。

——地球全体に目を配る視野の広さも求められそうです。

宮原 宇宙気候学は宇宙から地球内部にまで目を向ける必要があって、大変でもありますが、どのような研究をしていたとしても、可能な限り視野を広げてアンテナを張っておくことが大事だと思っています。思わぬところから、大きなヒントが得られることもあります。これまであちらこちらで研究させてもらう中で異分野に触れる機会が沢山あったことが、今では大きな財産になっています。

ただ、ここ数年はなかなか遠方の学会に参加できない状況が続いていましたので、新型コロナの影響で、自宅にいながらにして学会に参加したり様々なオンラインセミナーを気軽に聴けるようになったのはとても有難いことだと思っています。

武蔵野美術大学 教養文化・学芸員課程研究室教授
宮原ひろ子(みやはら・ひろこ)

1978年埼玉県生まれ。2005年名古屋大学大学院理学研究科素粒子宇宙物理学専攻博士課程(後期課程)を修了。理学博士。東京大学宇宙線研究所、米航空宇宙局(NASA)などで研究に従事。2013年に武蔵野美術大学に移り、2015年より准教授、2021年より現職。専門は、宇宙線物理学、太陽物理学、宇宙気候学。太陽活動や宇宙環境の変動が地球に及ぼす影響を研究。第5回地球化学研究協会奨励賞、平成24年度文部科学大臣表彰若手科学者賞、第1回米沢富美子記念賞を受賞。宇宙気候学について解説した著書『地球の変動はどこまで宇宙で解明できるか -太陽活動から読み解く地球の過去・現在・未来』が第31回 講談社科学出版賞を受賞。

(本記事は「リケラボ」掲載分を編集し転載したものです。オリジナル記事はこちら

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