あの「インテル」に黄金時代到来か…?「瀕死の状態」からV字回復をとげたワケ

半導体不足のウラでいま起きていること
石原 順, マネクリ プロフィール

半導体の歴史は政治の歴史

2月下旬、バイデン米大統領は半導体チップを手にその重要性を訴える会見を行った。半導体が政治的な課題としてワシントンで中心的な位置を占めている。同様のことは過去にもあった。半導体の歴史は政治の歴史でもある。

1980年代「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われた時代、日本はビデオデッキやテレビなど民生分野における大きな市場に支えられ、メモリ(DRAM)を主力としてシェアを拡大し、1980年代後半になると世界の半導体製造シェアの半分以上を握るようになっていた。

しかし、1990年代に入り半導体製品の主流がマイクロプロセッサやロジックへと移行すると、日本メーカーはこの潮流に乗り遅れる。その一方、米国は国を挙げて半導体産業の強化に取り組み、シェア奪回へと動き出す。

 

1980年代から1990年代にかけて半導体業界における地殻変動を引き起こした大きな要因は2つある。1つは産業政策の旗振り役となる国の関わり、そして2つ目はビジネスモデルの変化だ。

1970年代、日本は半導体を国の重要戦略として明確に位置づけ、半導体市場を席巻していた。しかし、こうした日本の活躍は、米国などから「官民癒着」、あるいは「日本株式会社の方式」として大きな非難を浴びることになる。

現在の米中貿易の対立同様、米国は関税を使い日本叩きを強めた。その時に米国側の交渉を担っていたのが、前トランプ政権で通商交渉を担当していたロバート・ライトハイザー氏であった。

米国は日本を叩く一方で、半導体を国の最重要戦略分野と定め、米国にも日本の「超LSI研究開発組合」と同じような組織を作るべく、1987年にセマテックを設立した。このセマテックにはインテル(INTC)の共同創業者の1人であるロバート・ノイス氏が関わっていた。

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