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NetflixとAmazonのリコメンドシステムを統合したら何が起きる?

『マスターアルゴリズム』(1)
いまや私たちの生活は機械学習なくして成り立たない。ネット検索、スパムメールの振り分け、本や音楽のリコメンドから、投資信託の銘柄選択、スーパーの商品陳列まで、それらの背後で動くアルゴリズムの存在など思い浮かべもしないほど自然に、私たちはその便利さを享受している。それにもかかわらず、機械学習研究の専門家たちが信頼に足るとする解説書はきわめて限られる。
このたび講談社が翻訳刊行する『マスターアルゴリズム』は、機械学習の現状解説にとどまらず、機械学習の未来について長期的かつ包括的な見取り図を描き出したものとして、2015年の刊行当時から話題になっていた。すべてのアルゴリズムの重要な長所を統合した単一のアルゴリズム、つまり究極の機械学習である「マスターアルゴリズム」は可能なのか。それは人間の暮らしをどう変えるのか。この知的冒険の書から、いくつか抜粋してお届けしたい(翻訳者・神嶌敏弘氏による本書紹介はこちらです)。

計算機が自分で作るプログラム

機械学習は、知らず知らずのうちに、あなたの周りのいたるところで使われている。検索サイトに質問を入力すると、どのような結果を、さらにはどの広告を表示するかも機械学習を使って決めている。メールを読むときにスパムメールをほとんど目にすることはないが、これも機械学習を使って不要なものを除外しているからである。Amazonで本を買ったり、Netflixで映画を観たりすると、あなたに役立つように、機械学習を使って、好きそうなものを薦めてくれる。Facebookでは、どの近況を知らせるかは、機械学習を使って決めている。また、Twitterでもツイートで同じことをしている。コンピュータ、すなわち計算機で何かをするとき、たぶんどこかには機械学習が使われているだろう。

 

かつては、計算機に何か作業をさせるには、アルゴリズムを書き下すのが唯一の手段だった。このアルゴリズムとは、二つの数字を足し合わせる単純なことから、飛行機を飛ばすような複雑なことまで、これらの作業手順を微に入り細に入り示したものである。

ところが、機械学習のアルゴリズム、学習器とも呼ばれるものは、これとは違った方針をとり、データに基づいて推論することで、計算機自らがその手順を見いだす。そしてこの手順は、より多くのデータがあればあるほど、より優れたものとなる。今や、計算機で扱えるようにアルゴリズムを表現したプログラムを、私たちが作る必要はなくなり、計算機が自ら作っているのだ。