50歳を過ぎて会社に失望した女性が、仕事人生を“降りる練習”を始めたワケ

『昼スナックママが教える 45歳からの「やりたくないこと」をやめる勇気』は、企業向けのセカンドキャリア研修や、中高年のキャリアコーチングを行っている木下紫乃さんの著書。実は木下さん、週1回だけ“紫乃ママ”として昼スナックを開店、これまで約2000人の迷えるミドル世代の背中を押してきました。本書は、そんな紫乃ママの“昼スナ”が舞台。オーバー40歳の働く女性たちの悩みに、紫乃ママはキャリア支援のプロ、そしてなじみのスナックママとして、常に前向きな言葉をカウンターの中から差し出します。今回は、仕事人生から“降りる練習”を始めた52歳・管理職の女性とのホンネトークを、本書から特別に一部ご紹介します。

 

木下紫乃さん:1968年、和歌山県生まれ。慶應義塾大学卒業後、リクルートに入社。その後、転職を繰り返し、47歳で慶應義塾大学大学院修了。2016年には40代、50代のキャリア再構築を支援する会社「ヒキダシ」を設立。企業研修(セカンドキャリア研修)や中高年のキャリアコーチングをなりわいとするかたわら、週1回、昼だけ営業する「スナックひきだし」を開店。「昼スナブーム」を巻き起こす。プライベートでは3度の結婚など紆余曲折、盛りだくさん。

 

52歳の関口裕子さん(仮名)は超一流企業に就職し、数々の新規事業の立ち上げに携わってきたバリバリのキャリアウーマン。ゼロから立ち上げた新規事業は子会社化もされ、その部長を任されるなど、誰もが羨むエリート街道をひた走っているかのような経歴の持ち主です。しかし、実はある事件をきっかけに、出口の見えない長いトンネルに入ってしまったのだとか……。

関口裕子さん(以下、裕子):私、3年前に社内で一から新規事業を立ち上げて、そこに骨をうずめるつもりだったんです。それが2年前、年齢を理由に子会社に出向と言われて。お客さんもいるし、責任だってある。「給料が下がってもいいから残りたい」って言ったんですけど、却下されてしまって。

紫乃ママ:せっかく企画から考えて立ち上げたのに。会社の勝手な都合よね。

裕子:それで泣く泣く子会社に移ったんですよ。会社としては「出向先で部長というポジションを与えるんだから文句ないだろ」って感じでした。でも、心がポキッと折れてしまいました。

紫乃ママ:裕子さんはポジションがほしいわけじゃないものね。そこじゃないのよね。このデリケートな感じ、会社は分かってくれないわよね。これからもっと事業を拡大するってときに離れなきゃいけないなんて、思いが残っちゃうよね。

裕子:「君が立ち上げた部署とはいえ、いつまでも君がいたら若い子がやりにくいだろ。君のポジションは、これから伸ばしたい若いヤツの登竜門にするから」って。事業の成長とか顧客のためじゃなくて、大企業の一つの「場所」としてしか考えられていない。会社のこういうルールの中でこれからも生きていかなくちゃならないのか、とつくづく嫌になりました。

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