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アメリカの尖閣諸島政策、機密解除文書で浮き彫りになった危険な欠陥

沖縄返還時に中国に日和ってそのまま

78年に尖閣射撃場の停止訓示

今月初め、共同通信社は、アメリカ政府が1978年6月に在日米軍の尖閣諸島の射撃場と爆撃場の使用要請を断ったという、機密解除されたアメリカ文書の内容を紹介して、大きく注目集めている。

尖閣諸島 出所:「海上保安レポート}

複数の新聞で転載されたが、4月5日付の記事、「米政府、尖閣射撃場の停止訓示 1978年、現在まで不使用」によれば、「米政府が尖閣の領有権を巡る日中対立に巻き込まれる恐れがある」という。

それ以来、米軍が尖閣にある2つの射撃場を使っていないという事実はよく知られているが、その理由はわからなかった。あくまで推測しかできなかった。だからこそ、今回の共同通信の報道の重要性は大きい。

これまで2種類の推測が可能だった。

1つ目は、日本が沖縄の施政権を持ち(1971年6月に日米間で締結された「沖縄返還協定」による)、日本が在日米軍に射撃場として提供しているにもかかわらず、アメリカ政府(おそらく国務省)が中国を刺激することを懸念して、在日米軍の射撃場使用を否定したというものである。

2つ目の説明は、日本の外務省が、同様の不思議な懸念から、アメリカに提供している射撃場を、尖閣諸島に対する領有権を主張しているにもかかわらず、使用しないようにアメリカ政府に要請したことである。

1972年に日本に返還されてから49年間、日本政府が尖閣諸島に対する実行支配を示すことには失望するほど弱い姿勢をとってきたため、日本がアメリカに射撃場の使用をやめるように要請することは十分考えられる。

特に1978年は日中関係が微妙な年であった。

同年4月には、中国の漁船100隻以上が尖閣諸島に集まり、日本の領海を侵犯した。翌月には日本の活動家が上陸して日本の主権を主張し、8月には活動家たちが島に小さな灯台を建てた(10年後、海上保安庁はそれを引き取った)。さらに同じ1978年8月、日本と中国は平和友好条約を締結し、この地域やその他の地域で「いずれも覇権を求めない」ことを宣言した。

 

共同通信の記事は、そのような推測の一部に答えるものだ。アメリカの機密解除文書を引用し、アメリカは、領土主権の問題で中国との直接的な対立を避けるために、同盟国の1つである日本と距離を置いたと解説している。しかし、誰がどのように判断したのかなどの詳細は紹介されていない。

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