TOKIOの再出発でわかった「国分太一」という男の凄まじさ…その根底にあるもの

ジャニーズで「最も売れた男」の価値観
霜田 明寛 プロフィール

だが、彼も最初からそうだったわけではなさそうだ。もともと、本人は「人の注意は一切聞かなかった」(「STORY」2013年5月号)「周りの声も聞かずにただ必死だった 」「タレントが1番だっていう気持ちもあった」(「MORE」2008年1月号)と振り返っている。

20代前半の頃、尖っていた理由を「臆病だったからだと思うんです。攻撃をしておかないとボロが出て恥をかいてしまうって」(「女性自身」2014年5月27日号)と自己分析している。

さらにその前には空回りに苦しみ、自己嫌悪に陥った時期もあった。国分は「デビューして三、四年目あたりまで、アレンジや演出、曲順のアイデアとか、全部俺がワーって言って、そこにみんなに枝葉をつけさせてた時期があった」という。そこには「誰かがやらなきゃっていう義務感と焦り」があったというが、口調も荒くなってしまったことで、自己嫌悪に陥ってしまう(「SWITCH」2006年2月号)。

 

2005年に起きた変化

今から振り返ると別人のようだが、その変化のきっかけは何だったのか――。それはおそらく、2005年にある。

国分が31歳を迎えるこの年、堂本剛と組んだユニット『トラジ・ハイジ』として映画に初出演、主題歌も年間ランキング9位に入るなどの実績を残す一方で、もうひとつ国分の人生にとって大事なものが始まる。

それが、テレビ朝日系列で放送された『オーラの泉』だ。

この番組は、江原啓之と美輪明宏の2人が出演するスピリチュアルトーク番組で、国分は進行役だった。しかし、レギュラー放送開始直後は、番組の内容について半信半疑の状態が続いていたという。

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