オープンダイアローグのトレーニングによって、私がどう変わったか?

傷ついたセラピストが癒えるために
森川 すいめい プロフィール

話が聞かれるということの衝撃

実際の診療も変わった。ある日、私が訪問診療を行っていたとき、その家をあと5分で出なければならないところで、その人が過去の苦悩を話し始めたことがあった。それまでの30分、雑談を交えながら話すことで場が温まっていた。

その人も残りの時間を気にしてためらっていたのだけど、その人はこころの中のことをどうしても話さざるを得なくなっていた。過去のつらい体験と、それによる苦悩を話し始めた。

以前の私だったら、残り時間を気にして話に集中できないか、他の人に話してほしいと思ったかもしれない。しかしこのときは、大事な時間がやってきてくれたことを祝福したい気持ちになった。

私たちは、じっくりと話を聞くために椅子に座りなおし、その人が時間を気にして言葉を止めようとしたときは、もっと話してほしいと伝えることができた。こんな大事なことが、それまではできなかったのだ。

初回のトレーニングは6日間行われた。このとき、何をして何を話したか、ほとんど記憶に残っていない。私は自分の思っていることを、どう言葉にしたらよいのか、その難しさを実感していた。

自分の言葉に耳を傾けてもらい、相手の言葉に耳を傾けた。トレーニングは、自分に癒やしと痛みの両方をもたらしながら進んでいった。

話が聞かれるということの衝撃がどれほどのものなのか、頭だけでなく全身で理解するためには、私にはこのような体験が必要だった。

この6日間のプログラムはとてもよい経験だったが、当初求めていたような、技術を身に付けたり知識を増やしたりというものではなかったから、私は何か物足りなさも覚えていた。

私が、このプロセスがとても大事だとわかるのは、少し先のことになる。

 

価値のセッション

私の気持ちが少し開き始めたのは、あるテーマについて話し、それを聞いてもらい、聞いたことについてどう思ったか、リフレクティングのスタイルで話されるのを聞く、という体験をしたあとだった。

このときのリフレクティングは、話を聞いた人たちが輪になって、聞いてどう思ったり感じたりしたのかを、話し手の傍で話すというものだった。話し手は、輪の中で話されることを聞くことも聞かないこともできる。この形は、ケロプダス病院でよく実践される。

そのときのテーマは「価値」だった。価値があると思うのはどんなことか、人生や仕事において価値を置いているのは何か。

ところで、このセッションは、職場の仲間同士で行うと大きな助けになると思う。私も仲間と、このセッションを何度か行った。スタッフの一人ひとりが何に価値を置いているか、何を大事にしているのかを知ることは、その後の関係性によい影響を与えてくれた。

「少しでも早く家に帰りたい」「患者さんを待たせたくないと思っている」「自由に生きたい」「もっとみんなと対話の時間を持ちたい」「残業なしの組織にしたい」……。

それぞれにそういう思いがあっても共有されていなければ、うまくいかないとき相手に「何でそうするのか?」「なぜやってくれないのか?」などと不信感が生じてしまう。

自分が大事に思っていることを、なぜ相手は理解してくれないのかとぶつかってしまう。

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