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オープンダイアローグのトレーニングによって、私がどう変わったか?

傷ついたセラピストが癒えるために
オープンダイアローグのトレーニングは、自分自身がクライアントとなって、オープンダイアローグのセラピストたちと対話するというものだった。日本人医師として初めて、オープンダイアローグの国際トレーナー資格を得た一人である森川すいめい氏が、クライアントとして何を話し、どう感じ、どのように変化していったかを詳細に記した新刊『感じるオープンダイアローグ』から、一部を特別公開します。
 

自分のことを話すセッション

2017年の春、1年目の基礎トレーニングが日本で始まった。

私はこの頃まだ、理論武装をして、病に闘いを挑む専門家の一人だったと思う。こころに分厚い鎧をまとっていた。

その鎧は、3年のトレーニングを経ていらなくなった。私のところに長く通ってくれているある人の言葉が、当時の状況をよく言い表している。

「先生は変わったね。昔はロボットみたいだった」

私はAIのように、正しい方法を見つけることで、人を助けようとしていたのかもしれない。医学を必死に学ぶほど、私の脳は「標準化」されて、私の言葉は技法のようになっていたと思う。

トレーニングは、自分のことを話すことから始まった。何か役に立つ技法や技術を身に着けたいと意気込んでいた私は、狼狽【ろうばい】した。

そして、トレーニングを開始してすぐに、私は自分のことを話すのが苦手だと気づく。

診察室でも、私は相談者たちから悩みを聞いていたが、自分の話をすることは滅多になかった。それは、そういう役割だからというだけでなく、自分のことを話すとはどういうことなのか、わかっていなかったからだ。

自分ができないのに、他の人のために、話したいことを話す場など作れるはずがなかった。

自分のことを話すのはとても怖い

トレーニングはフィンランド人の講師2名によって行われ、日本の医療や福祉などの専門職40人が参加した。約1年の間に、2日半のプログラムを8回繰り返す。その間、たくさんの宿題がある。

その過程で、私は、自分のことを話すのはとても怖いことだと気づいていった。全力で自分のこころの中のことを話したあとに、それを評価されたり批評されたりしたらひどく傷ついてしまう。これまでの人生を否定されたのと同じ気持ちになる。

自分のことを話すのは恥ずかしいと感じることもあるので、話すにはとても勇気がいる。その勇気を台無しにする聞き方があるのも体感した。

話すことも聞くことも、本当にエネルギーが必要だった。私は自分のことを話したあとは、いつもひどく疲弊した。

しかし、このトレーニングの間、同じ参加者である仲間たちは、私の話をただ黙って聞いてくれた。罪深いことをしてしまったと思っていたことや恥ずかしくてこれまで話せなかったことも、すべて受け入れてくれた。

ありのままの自分が他の人に受け入れられることによって、私は自分自身を受け入れられるようになっていったと思う。

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