【ゼロからわかる】なぜ『呪術廻戦』はこの時代に“絶大な支持”を得るのか?

「最後は死ぬんだから」

そして、やはり本作の独創性を象徴するのが、「死」への捉え方だ。

「反転術式」という回復手段はあるが、“呪い”という題材を扱っていることもあり、『呪術廻戦』は主要キャラ、モブキャラ問わずバンバン人が死ぬ。“呪霊”がたまたま立ち寄ったファミレスにいたというだけで一般人が焼殺され、虎杖の宿敵となる呪霊の真人は、人間を改造して武器として使役するというおぞましい能力を使う。

もちろん、敵の残酷さを示すための装置として虐殺シーンを絡めることは漫画・映画問わず行われていることだが、本作で顕著なのは「意味がない」ということ。

呪霊たちは当然ながら人ではないため、倫理観も持ち合わせていない。人を呪い、殺すことがそもそもの存在意義にもなってくるわけで、人を人たらしめている道徳心や罪の意識に対する理解など、ハナから無いのだ。人でありながら呪霊側についた“呪詛師”という存在もいるが、基本的に説得も対話も、ましてや改心の余地など存在しない。

「呪術師はただ祓って、呪霊はただ呪う」という“廻戦”を描いている部分が、これまでの作品にはなかった達観した姿勢を感じさせる。

 

呪霊に対抗するのが主人公の虎杖ではあるが、彼の死生観も独特だ。虎杖は第一話で祖父の死を経験し「知ってた? 人ってマジで死ぬんだよ」「だったらせめて自分が知ってる人くらいは正しく死んでほしいって思うんだ」と考えるようになる。

つまり「人は死ぬ」がスタート地点となっており、「困っている人を救ける」が行動理念の『僕のヒーローアカデミア』の緑谷出久たちと比べた際、同じ目的で動くにせよ、常に「最後は死ぬんだから」という意識が働いているのだ。

これは、少年漫画の主人公の思考としてはかなり異質なものといえよう。『ONE PIECE』のルフィですら、「人は死ぬぞ」のセリフを放つまでに18巻分を要している。

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