1DK高層マンションで孤独死、死後1ヶ月が経過した男性の部屋に「存在しなかった」もの

コロナ禍における孤独のリアル
菅野 久美子 プロフィール

絶叫したくなるときがある

男性は、ベッドと、キッチンの間に崩れるようにして亡くなっていたらしい。

そんな逡巡した私の様子を見ながら、マスクの下から上東さんがふと、つぶやく。

「孤立死の現場では、玄関を開けた瞬間に殺伐とした、まるで感情のない部屋が広がっていることが多いの。生命エネルギーが低いというか、生きていることに喜びや、苦しみすら感じていないんじゃないかと感じるお部屋なんだ。特殊清掃業者である僕にとって、それは日常の風景なんだ。こういう部屋を見ると、いっそのこと、ベランダに出て、『ここに人が死んでいました!』と絶叫したくなるときがあるの。今の日本って、本当に平和だと言えるのかなって、いつも考えちゃうんだ」

上東さんの言葉が私の胸に深く突き刺さる。確かに孤立死の現場では、何かしらの挫折をきっかけに、日々命をつなぐのに精いっぱいだったという痕跡をかなりの割合で遭遇する。

キッチンの蛇口は、劣化して根元から折れて水道は使えない。洗濯機は40年~50年製のもので茶白く変色していて、こちらも長期間使われた形跡はなく、冷蔵庫も半世紀も前のもので、電源は入っていない。

 

「部屋の状況と体液の量から推測するに、彼は、栄養の行きわたらない身体で徐々に衰弱して、最後はこの冬の寒さで凍死したんだと思う。晩年は、熱さ、寒さなどの感覚すら無くなり、彼の目には季節さえ灰色に染まっていたんじゃないかな」

上東さんが目を伏せがちにして、私に伝える。

男性は、かつては個人事業主として働いていたが、妻が病気となり、若くして死別。その後、この部屋で一人暮らしをしていたらしい。女性に比べて男性は妻との死別や離婚後に不摂生となり生活が荒れて結果、孤独死というケースは多い。妻を介してかろうじて繋がっていた地域社会や、仕事という社会との接点すらなくなると、心身に起こった自分の窮状を訴える術もなく、孤立し、崩れ落ちしてしまう。そして、ごみ屋敷や医療の拒否などのセルフネグレクト(自己放任)に陥っていく。

トイレには補助式の新しい手すりがあったことから、男性は晩年、腰か足を悪くしていたことが窺える。しかし、医療や介護などの福祉サービスと繋がっている形跡はなかった。

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