靖国神社と「神国」日本を生んだ、人を「神」に祀り上げる思想の正体

「ヤスクニの思想」の起源
明治維新から太平洋戦争まで、「日本国家」のために殉死した人々を英霊として祀る靖国神社。その誕生の背景には、江戸時代後期から強い影響力を持つようになった思想的な潮流があると、日本思想史の大家・佐藤弘夫氏は指摘する。
先史から現代まで、神(カミ)をめぐる想像力を通して「日本人の心の歴史」を解き明かす最新刊『日本人と神』より、「ヤスクニの思想」の歴史をお届けする。

浮上する天皇

江戸後期になると神を自認する者、他の人々によって生きながら祀られる者(イキガミ)が数多く出現する。幕末の民衆宗教は、そのピークに位置するものだった。

他方、江戸後期から幕末にかけて、まったく異なる文脈で人をカミに上昇させようとする論理がしだいに影響力を増していった。

山崎闇斎(1618〜1682年)に始まる垂加神道(すいかしんとう)とそこに影響を与えた吉田神道が主張する、天皇に奉仕することによって死後神の座に列なることができるという思想である。

吉田神道や垂加神道では特定の人物の霊魂に「霊神」「霊社」号を付与して祀ることが行われていた。その系譜から、天皇との関係において人を神に祀り上げる論理が生み出され、実践されていく。

ここでクローズアップされる天皇の聖性は、千度参りの対象としての天皇のそれとは、似て非なるものだった。

庶民が心を寄せる小さな神々の一つであった千度参りの天皇とは異なり、垂加神道における天皇は人を神に上昇させる媒体として位置付けられていた。天皇は通常の神々を凌ぐ強い威力をもった存在とみなされているのである。

「天皇に尽くせば神になれる」

山崎闇斎を始祖とする崎門学派の若林強斎(わかばやしきょうさい、1679〜1732年)は、垂加神道の秘伝を論じた『神道大意』において、現人神である天皇に尽した人間はだれでも、「八百万神(やおよろずのかみ)の下座につらなり、君上を護り奉り、国家を鎮むる霊神となる」と記している。

これに類する表現は、18世紀以降の垂加神道関連の著作に散見する。肉体は滅びても霊魂は永遠に不滅であり、生前の功績によって人は神の世界に加わることができる。

霊界でも、現実世界と同様の天皇中心の身分秩序が形成されていた。天皇に対する献身の度合いによっては、現世の序列を一気に飛び越えて天皇の近隣に座を占めることも可能なのである。

垂加神道は死後の安心を天皇信仰との関わりにおいて提起した点において、画期的な意味をもつものだった(前田、2002)。

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