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日本の神はどこからきたのか? 自然現象から宗教が発生するワケ

「カミ」から考える、日本人の心の歴史
日本人にとっての神は、いつ、どこからやってきたのか? 先史時代の日本における信仰は、しばしば言われるような「アニミズム」的なものではなかったと、日本思想史の大家・佐藤弘夫氏は言う。
先史から現代まで、神(カミ)をめぐる想像力を通して「日本人の心の歴史」を解き明かす最新刊『日本人と神』より、「神」が誕生するメカニズムをお届けする。

「まれびと」だった日本の神(カミ)

この列島において、人間を超えた聖なる存在=カミはどのようにして立ち上がり、いかなる変身を遂げてきたのだろうか。

日本列島で生み出された最古のカミのイメージとはいったいどのようなものだったのだろうか。そのカミに対して、いかなる儀礼が執り行われていたのだろうか。

「アニミズム」の概念を提唱したタイラーによれば、人類が生み出した宗教の最も原基的形態は、自然の森羅万象のなかに精霊の働きを見出すもの=アニミズムだった(タイラー、1962)。

日本の神を論じる場合でも、「一木一草に至るまで神宿る」という言葉に知られるように、神の本質がモノに憑依する精霊であるいう理解は、ほとんど常識化している。日本の神をアニミズムの系譜として把握しようとする視座である。

神は定まった姿形をもたないゆえに、祭祀を受ける際にはなんらかの依代に付着することが不可欠だった。

柳田國男(やなぎたくにお)は山から麓へと去来する神に祖霊の影を見出し(柳田、1990)、折口信夫(おりくちしのぶ)は季節の変わり目に異界から来訪する神を「まれびと」と命名した(折口、2003)。

柳田國男や折口信夫によれば、日本の神の古態は一定の地に常住することなく、折々に出現しては祭祀を受ける来訪神だった。それが終わればまた本来の居場所に帰還す
ると考えられていたのである。

「日本民俗学」の祖・柳田國男
 

人類はいつからカミを感じるようになったか?

他方、近年の認知科学者の説くところによれば、カミの存在を感知する心的な能力はいまから6万年ほど前に、この地球上に登場した現生人類(ホモ・サピエンス・サピエンス)の脳内で起こった認知構造の革命的な変化に由来するものだったという。

ビッグ・バンとよばれるこの変革を経て、ヒトはカミを認識する能力を初めて獲得した。以後の人間社会の複雑きわまりない展開も、そのすべての端緒はこの事件にあったとされる(ミズン、1998)。

こうした見方を前提として、基礎的な認知能力の展開という視点から遺跡や遺物の背景にある当時の人々の心の働きを読み取ろうとする一方、そこから翻ってヒトの認知構造の特性を明らかにしようとすることが、認知考古学の基本的な立場なのである。

認知考古学者は、この方法を積極的に日本列島というフィールドに導入していった。たとえば、石器は本来実用品として作られているにもかかわらず、しばしば実際の用途を超えた装飾=「凝(こ)り」がみられる。

後期旧石器時代の後半に作られた御子柴(みこしば)型とよばれる大形の石槍のなかには、左右対称に薄く形の整えられたものがみられるが、壊れやすくて実用には不向きだった(松木、2007)。ここでは美しくバランスの採れた石器を作ること自体が目的となっている。

「凝り」は認知考古学でカミの誕生を測る指標とされていたものだった。後期旧石器時代に、一部の石器が単なる道具―モノを超えた存在として捉えられていた様子が窺うかがわれるのである。

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