トランプ現象に学ぶ、世界を単純化する「マンガ的思考」の罠

トランプ主義の悪夢【後篇】
川崎 大助 プロフィール

「指パッチン」の標的

だから当然、ネット上は燃え上がった。コミック・ファンはもちろん、MCUのクリエイターまで怒りまくった――のだが、ただこれにかんしては、素早い「打ち返し」が可能だった。なぜならば『エンドゲーム』の劇中では、サノスはこの言葉を発した直後、逆にヒーローたちに倒されてしまうからだ。

宇宙創世期のパワーを秘めたインフィニティ・ストーンをはめたガントレット(籠手のようなもの)による「指パッチン」は、全宇宙の生命の半分を塵にして消し去ってしまうことすらできるのだが、劇中ではサノスと彼の軍団が(前記の彼の発言の直後に)、この「パッチン」の標的となる。

だから返り討ちにあって、塵のように消えてしまう。(自らの命と引き換えに)このとき指を鳴らしたのは、アイアンマンだった……だから「打ち返し」派は、ここを突いた。

たとえばトランプ・サノスの顔に続けて、ナンシー・ペロシの顔をアイアンマンに移植して「指パッチン」させる映像を作成して、ネットに流した。「ちゃんと映画観てんのかよ!」という一言を添えて。「I am inevitable」なんてふんぞり返った直後に、お前なんて「塵になる」んだよ!と――。

現実がそのとおりに動けば、どれほどよかったことか、と僕は嘆息する。たとえば「指パッチン」一発で、つまり「選挙結果が出た」その時点で、トランプや彼が「やらかした」すべてが塵になって消えたり、被害が「元どおり」になったなら、どんなによかっただろう、と……。

「マンガ的思考」の罠

おわかりだろうか? これが「マンガ的思考」というやつだ。ものの見事に、世界が単純化されている。

「指パッチン」ひとつで、「自分が『消し去りたい』と思う」あらゆる事象が、まるでオセロ・ゲームのように一瞬で白黒反転していくかのような――そんな願望が、トランプ側と「打ち返した」側の双方にあったと言うことができる。正直僕のなかにも、それはあった。だから……トランプは「消えなかった」。

消えるわけがないのだ。よく考えてみるまでもなく。たとえば、MCUの原作という位置付けになるマーベル・コミックス本体においては、サノスはずっと「生き続けて」いる。

僕などにはとても全容を把握することすら叶わない、長大にして波乱に富んだ、あれやこれや、宇宙の果てや別次元もからんだウルトラ茫漠たる各種ストーリーのいたるところにサノスは出没し、大暴れを続けている。スーパーヒーローたちが不老不死で、いつまでも活躍を続けているのと同様に。

この「永遠性」は、アメリカン・コミックス特有の制作体制ならびに産業構造から生じたものだ。日本のマンガと違って、アメコミの世界では、キャラクターやストーリーはコミック会社の所有財産となる。

ライターや作画者、そのほかのスタッフは、制作物からの配当をいろいろな形で得るものの、立場上は「雇われたプロフェッショナル」でしかない。フォードやGMの名車とカーデザイナーの関係に近い。

つまり一度「マスタング」という成功作があったなら、時代ごとに新たなスタッフを雇っては「マスタングの新しいストーリー」を紡がせるわけだ。そこが日本と大きく違う。

とくに(おそらくはスポンサー対策のせいで)一年ごとに設定を「使い捨て」した日本のTVの特撮ヒーロー番組やロボット・アニメ番組とは「まったく逆」の哲学から、かの地のコミック産業は成り立っている。

そして、おそらくはトランプという「ダーク・ファンタジーのヒーロー」もまた、アメコミ・キャラクター同様の「永遠性」を獲得してしまったのかもしれない、と思うことが僕にはある。「悪夢から醒めることがない」と前篇で言ったのは、そのせいだ。

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