アジア人差別を急増させた、消えることのない「トランプ・ウイルス」

トランプ主義の悪夢【前篇】
川崎 大助 プロフィール

こうした物言いを、社会的に高い地位にある人物が口にすること。その際に加えられた、良識的批判など「いくらでも踏み潰して」言いたい放題やること――いわゆる「トランプしぐさ」のなかでも、最も「らしい」部類に入るだろうこれが、一部の人々には、どうやら「痛快至極」だった、ようだ。

ゆえに結果的に、彼ら彼女らの「心のタガ」をとっぱずす効果を生んだのだろう。そしていま現在の、異常なる「差別の大波」へと、直接的につながっていった。こうした構造が、これまでとは全然違う種類の差別を生み出している。

 

アジア人差別自体は、ずっと昔からある。僕自身も、ティーンエイジャーになる前から、米欧にて幾度も経験した。内容は様々だ。日本人に対する直接的な蔑視もあれば、アジア系全般へのものもあったはずだ(海外では、僕は中国人と見られることが最も多い)。

いずれにせよ(一部の日本人の願望とは違って)東アジア系ならば全員「同じ種類」の差別的感情のターゲットとなるのが普通だ。ちょうどそれは、どこの国や地域にルーツがあろうが、黒人が十把一絡げに「黒人としての差別」を受けるのと同様に。

地味に生きてきたアジア系住民が……

ともあれ、アジア人への差別がここまでの攻撃性を帯びるのは、尋常ではない。米欧において(一部のギャングなどを除き)アジア系住民はモデル・シチズンに近い、というのが、ずっと一貫した社会的通念だったからだ。

BTS以前は「クール」と呼ばれる場合はほとんどなかったにせよ、その逆に、地域社会の問題児となるような人物は少ない、といった肯定的イメージだ。アジア系はそれぞれの社会的階層において、いろいろなニュアンスで「日陰の側」で暮らすことを好んで引き受ける人も多かった。

つまり真面目に地味に、面白味もなく、ひっそりと静かに生きる人こそがアジア系の主流だった。「忘れられた/見えない」マイノリティーと呼ばることもよくあった。

BTS以前、アジア系は「非モテ」の代表だった(photo by gettyimages)

だから差別と言っても、アジア系へのそれは、黒人に対する「黒人以外」からの差別とは、大きく質が異なっていた。からかいやいじめのようなものが大多数だった、はずだ。しかしときには、凄惨な逸脱もあった。

アジア系に対する差別的暴力事件として忘れてならないのは「ヴィンセント・チン事件」だ。日米貿易摩擦が過熱していた1982年、ミシガン州デトロイトで中国系アメリカ人の青年、ヴィンセント・チンが殺される。2人組の白人に襲われて、野球のバットで殴り殺されたのだ。彼が東アジア系だったから「日本人と間違われて」憎悪犯罪の標的となったと見られている。

殺害犯はクライスラーの工場を解雇された労働者だったから、日本車のせいで失職したとして、日本人に恨みを持っていた、とされる。しかし犯人たちには執行猶予付きの罰金刑という、きわめて軽い判決が下された。事件の夜、結婚式を控えたチンはバチェラー・パーティーをおこなっていた。そして挙式日程の4日前、彼は他界した。

この判決に怒った人々が立ち上がった。「いつもは静かな」アジア系アメリカ人のコミュニティは、この事件を契機に社会的発言を積極的におこなっていくことになる。事件は映画にもなった。『誰がビンセント・チンを殺したか』(91年)と題された一作は、第61回アカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞にノミネートされた。

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