物理学者が『エヴァ』を徹底解説! ディラックの海、虚数空間ってなんだ?

リツコ博士…まったく理解できません…
山崎 詩郎 プロフィール

ディラックの海とは? 使徒「レリエル」の虚数空間

続いて、本題の「内部はディラックの海」というセリフを考えてみましょう。ディラックの“海”というからには地球の海にヒントを得ているはずです。

海を改めて物理的に考えてみると、海抜0m以下が海水で満たされている状態、ということができます。ここで、海抜をエネルギー、海水を電子、地球の話を宇宙全体に置き換えたのが「ディラックの海」です。つまり、宇宙全体が負のエネルギーを持つ電子で満たされている状態。でも、なぜそんな難解で奇妙なことを考えなければならなかったのでしょう? 

20世紀の前半、現代物理学の2本柱である量子力学と相対性理論が相次いで完成しました。量子力学を代表する成果としてシュレーディンガー方程式があます(シュレーディンガーの猫のほうでその名を聞いたことがある人も多いと思います)。ところが、当初の量子力学は相対性理論の効果を含んでいませんでした。そこで、相対性理論の一部を量子力学に取り込むことで相対論的量子力学が発展し、物理学者ディラックが提唱したディラック方程式が完成しました。

量子力学の立役者シュレーディンガー(左)とディラック(右)Photo by gettyimages

しかし、このディラック方程式を解いてみると大きな問題が発生してしまいます。なんと、正のエネルギーを持つ通常の解だけでなく、負のエネルギーを持つ異常な解が現れてしまったのです。それは、エネルギーは正の値しかとらないという常識を覆すものでした。

エネルギーは小さいほうが安定します。負のエネルギーの解があるということは、物質が負のエネルギーの解に落ち続けてしまい存在すらできないことになってしまいます。これでは、底のないコップに水を注ぐようなものです。

この大きな問題を回避するためにディラックが提案した考え方、それが「ディラックの海」です。宇宙全体が初めから負のエネルギーを持つ電子で埋め尽くされている、そう考えれば電子はエネルギーの谷に落ちていくことはないのです。いわば、コップに水面を作ってやったということです。

さらに、「ディラックの海」に発生した“気泡”として、電子と逆の電荷を持つ「陽電子」の存在が自然に予言されました。陽電子と言えば、そう、ヤシマ作戦で使徒「ラミエル」を討った陽電子砲です(これについては解説記事の第二弾で説明する予定です)。

最後に、「内部はディラックの海と呼ばれる虚数空間」というセリフにも触れておきましょう。「ディラックの海」自体は「虚数空間」というわけではなく、両者は別物です。おそらく「ディラックの海」の負のエネルギーから、二乗すると負になるという虚数の性質を類推したのでしょう。ひょっとすると、この“マイナス”というのは……。

本来は、ここまで登場した「影」「別の宇宙」「ディラックの海」「虚数空間」などはそれぞれ無関係な概念で、赤木リツコ博士のセリフは、全体としては科学的に筋の通っているものではありません。しかしながら、その一つ一つの要素は最先端科学にもつながる高度なものだったのです。人類史上初めてディラックの海の“気泡”と化した碇シンジ……あまりにもかわいそうです……。

本記事の著者・山崎詩郎さんによる
『独楽の科学——回転する物体はなぜ倒れないのか?』
好評発売中です!

関連記事