ALS(筋萎縮性側索硬化症)を検索すると「感覚があるままに体が動かなくなる病気」という説明が多くあります。もう少し詳しい説明を探すと「筋肉が動かなくなってしまう」と書かれています。さらに「現在、効果の認定されている治療法がない」と言われている事で知られています。前回はALSに罹患した私に投げかけられた皆さんからの質問の中で、少しショックを受けた私の雑感をお話ししました。今回は変化していく私の病状と、60歳・還暦を迎えて私の考え方の変化をお話ししたいと思います。

ニャンちゅうの声でおなじみ声優の津久井教生さんが、突然足が動きにくいと感じたのは2019年3月のこと。半年の検査入院を経て、9月にALSと告知されました。しかし2月には舞台で走り回っていたのです。声優の仕事だけではなく、舞台中かけまわるお芝居でも知られていた津久井さんですが、そこから手足が動かなくなり、現在は要介護4。それでも声の仕事を続けられています。前回「ALSってなぜなるの?」などといった聞かれて辛かった質問について綴ってくれた津久井さん。今回は、走り回っていたご自身が介護を受ける身になって感じたことを率直に綴ってくださいます。
2020年の「ニャンちゅう」チームの皆さん。左から比嘉久美子さん、津久井さん、鎮西寿々歌さん 写真提供/津久井教生
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無事に還暦を迎えて思うことは

この原稿が掲載されている4月3日には、私は還暦を迎えています。3月27日という誕生日は、学年では一番最後の方の生年月日です。小学校時代は一番小柄で、なんでも少し遅れ気味だったのを、負けん気の強さでこなしていったと思います。最初は駄目でも、やり方を覚えて出来るようになっていくことが好きでした。

赤いちゃんちゃんこの代わりにパーカーでお祝い! 写真提供/津久井教生

この、「早生まれ」と言われる誕生日から始まった学校生活が、私の物事への向き合い方につながっているのだと思います。やってみたい事、興味のある事は、楽しいと感じたらそこそこ極めるまでやる。そして、そのやってみたいことが好きであり、自分に必要と感じたら、結構頑張ってやり続けてしまう。こう書くと努力家のように感じますが、そうではないと思います。私は諦めが悪くて、しつこい性格なのではないかと思うのです(笑)。

でも、今の仕事にはピッタリではないかとも思います。仲間たちと皆さんが喜んでくれるモノを作るには、粘り強さが必要です。その上に自分は学年で一番若くて弟みたいなものだと、いい年して同級生に甘える図々しさも持っているのですから。

モノづくりには粘り強さと図々しさが少なからず必要です(笑)。