「フェミニズム叩き」「女性叩き」で溜飲を下げても、決して「幸せにはなれない」理由

ベンジャミン・クリッツァー プロフィール

弱者男性論の最大の弱点は、「男性のつらさ」という問題を取り上げながらも、その問題に真正面から向きあって解決する議論をおこなわないことにある。代わりに弱者男性論でおこなわれているのは、「女性」(または「フェミニスト」「リベラル」)という属性を仮想敵にして、自分たちのつらさの原因はすべて彼女たちに責任があると主張することで、弱者男性である読者たちの溜飲を下げさせるための議論だ。

弱者男性論に限らず、仮想敵を名指しして非難するタイプの議論は読者を惹きつける。しかし、そのような議論には必ず副作用が存在する。

 

「男のつらさ」が増大しかねない

弱者男性論の場合は、女性に対する「憎悪」を煽りたてることになりがちだ。そのため、弱者男性論に影響を受けた男性たちが、SNSなどのネット上や学校や職場などの実社会において女性に対してハラスメントや加害行為をおこなってしまうおそれは充分にあるだろう。これは、きわめて大きな副作用の一つだ。

さらに、女性という属性に統計的・平均的に備わっている、男性にとって都合が悪かったり不利益となる特徴ばかりを取り上げて強調する弱者男性論は、それに触れる男性たち自身にとっても有害なものとなり得る。憎悪という感情は、それを向けられる対象でなく、憎悪を抱いている本人をも傷付けてしまうものだ。

弱者男性論ばかりを読んできた男性は、自分が実生活で関わる生身の女性たちに対しても、「こいつは上昇婚志向を持っており、年収の低い男性には目もくれない、強欲で自己中心的な人間なのだ」という風に偏見の目を向けるようになってしまうかもしれない。

「女性」という属性に対して憎悪を抱いている人が、目の前にいる女性をひとりの人間として対等に扱い、健全で有意義な友情関係や恋愛関係を築くことは困難だ。とくに若いうちから弱者男性論にハマってしまった男性は、女性と豊かな関係を築いてさまざまな経験をするチャンスを、自らフイにしてしまうことになりかねない。

結局のところ、弱者男性論は、「男性のつらさ」を解決するどころか、さらに増大させる可能性の高いものになっている。

編集部からのお知らせ!

関連記事