「フェミニズム叩き」「女性叩き」で溜飲を下げても、決して「幸せにはなれない」理由

ベンジャミン・クリッツァー プロフィール

また、男性学は同じくジェンダーの問題を扱う学問という点でフェミニズムと関わりが深く、男性学者の多くはフェミニスト学者の議論を重視し、参照する。そして、近年のフェミニズムでは「男性特権」という概念が強調されており、「この社会では、男性は"男として生まれてきた"というだけで女性よりも有利な立場にいる。男性は下駄を履かされているのであり、その下駄を脱がないかぎりは、自分のつらさについて語るべきではない」といったニュアンスの議論もなされるようになっている。

これに影響を受けて、男性学でも、男性のつらさを解決することを目指す議論ではなく、男性の特権を自覚することを促すような議論が目立つ。

上述のような状態に男性学がなっているために、アカデミックな世界では「男性のつらさ」という問題を取り上げることが難しくなっている。だが、実際に多くの男性は「つらさ」を感じている。結果として、アマチュアの世界でなされる弱者男性論の需要が高まっている――そうした側面があると私は考えている。

 

弱者男性論の弱点

それでは、弱者男性論は「男性のつらさ」を解決するための有意義な議論をおこなえているのだろうか?

結論から言うと、わたしには、かなり疑わしく思える。弱者男性論の多くは、男性のつらさの原因は「女性」にあるとして、女性たちの問題や責任を述べ立てることで女性に対する憎しみや敵意を煽ることに終始しているからだ。

たとえば、弱者男性論者がよく取り上げるトピックに「女性の上昇婚志向」がある。統計的にみて、女性は自分よりも年収が高い男性を結婚相手に選びたがり、いくら自分の年収が高くても自分より年収が低い男性とは結婚したがらない傾向がある。弱者男性論はこの点を強調したうえで、年収が低い男性は経済的に不利であるだけでなく異性のパートナーも得られないことで二重につらさを感じている、と指摘する。

そして、年収が低い男性が感じるつらさの原因を女性の上昇婚志向に求めて、女性たちは年収の低い男性とも結婚するように選択を改めるべきだ、と論じるのである。

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