「フェミニズム叩き」「女性叩き」で溜飲を下げても、決して「幸せにはなれない」理由

ベンジャミン・クリッツァー プロフィール

学問は「男性のつらさ」に寄り添えているか

冒頭で述べた通り、弱者男性論は主にインターネットの世界で展開されている。目立っている弱者男性論者の大半はブロガーであったりツイッタラーであったりする。つまり、アカデミックな世界ではなく、アマチュアの世界でおこなわれている議論であるのだ。

「男性のつらさ」というトピックについては、アカデミックな世界でも、扱われる経路はいちおう存在している。フェミニズムやジェンダー論に関係する学問領域として「男性学」というものが存在する。男性学では、「男らしさ」という規範が男性に及ぼす影響や、社会に普及している常識や偏見が男性に課すプレッシャーなどについて、その道徳的な問題点が指摘されたり改善策を提案されたりするのだ。

〔PHOTO〕iStock
 

しかし、昨今の男性学には、「男性のつらさ」という問題を正面から扱えない傾向がある。

男性学は、「(心理学的・生物学的ではなく)社会的な性差」の問題点を重視するジェンダー論の影響を強く受けている。そのために、男性の抱える問題についても心理学や生物学の観点に基づいて分析することは少なく、問題は社会的に構築されたものであるということを前提にしたうえで議論される傾向にある。

たとえば、弱者男性論者が訴えるような「女性のパートナーがいないことによる孤独や承認の欠如」についても、「そのつらさは、社会に蔓延している異性愛中心主義によって、"男性には女性のパートナーが必要だ"と思い込まされていることが原因だ」としたうえで、「異性愛中心主義から脱却すれば、孤独や承認の問題は解消される」と論じられる。

しかし、実際に女性のパートナーがいなくて切実なつらさを感じている男性からすれば、このような議論は虚しく役に立たないものとして受け止められるだろう。孤独や承認の問題は「社会的な生物」としての人間の根本にも関わるものであり、考え方を変えれば容易に解決するというものではないからだ。

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