2021.04.06
# 政治政策

日本には「ベーシック・インカム」より「ベーシック・サービス」政策が必要かもしれない

井手 英策, 佐々木 実, 関 良基 プロフィール

井手 そもそもは、1976年に国際労働機関が水や衣食住、医療など人間の基本的なニーズを「ベーシックニーズ」としてまとめ、これらを提供することで貧困問題を解決する戦略を主張し始めました。「どこまでが人間に必要なニーズなのか」が問題になるわけですが、「ベーシックニーズ」の範囲はかなり広かった。

そこで僕は議論を現実的に前に進めるためにも、「人々の生き死に」に直結するサービスだけに限定して「ベーシック・サービス」と呼び、それを無償化する政策を提案したわけです。僕が考えている無償化すべきサービスとは、具体的には医療、教育、子育て、介護、障碍者福祉です。

〔PHOTO〕iStock
 

 ベーシック・サービスはまぎれもなく社会的共通資本の考え方に通じます。宇沢先生が提唱した社会的共通資本とは、人々が豊かな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を安定的に維持することを可能にするような自然環境や社会的装置のことです。

具体的には、大気、森林、河川、水、土壌などの「自然環境」、道路や交通機関、上下水道、電力・ガスなどの「社会的インフラストラクチャー」、教育や医療、司法、金融などの「制度資本」の3つの要素を社会的共通資本としています。

宇沢先生は、「市場経済は社会的共通資本の土台のうえで営まれている」という視点に立ち、社会的共通資本は市場原理のみにゆだねてはならない、と主張しました。そもそも社会的共通資本という概念を提唱した理由は、すべての人が市民としての基本的権利を享受できる制度をつくるためでもありました。

医療、教育、子育て、介護、障碍者福祉に限定されているとはいえ、井手先生が唱えるベーシック・サービスは社会的共通資本の重要な領域であり、これらを無償化する政策は社会的共通資本の理念とも合致しているとおもいます。

井手 いみじくも宇沢先生がおっしゃっていたように、社会的共通資本は一つの基準だけで切り取れるものではなく、それぞれの国の歴史的・社会的・文化的な状況で決まるわけですね。ですから、なにが社会的共通資本、あるいはベーシック・サービスかは、民主主義社会では議論して決めることであり、はじめから答えがあるわけではありません。

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