「土日返上で働く校長先生」を「真面目な人」と評価するのは本当に正しいのだろうか

教育者たちの過酷な労働環境

「あの人がどうして?」

2020年12月、55才の男性が覚醒剤を所持していたとして、覚醒剤取締法違反の容疑で逮捕された。そして今年3月1日に、懲役2年執行猶予3年の判決が下された。

まぁ事実だけを追えば中年男性が覚醒剤で逮捕されたという、どこにでもよくある話なのだが、僕が気になったのはこの男性が「小学校の校長」であったということだ。
この事件に関するいくつかの記事を読んだが、男性の妻も教員であり、地元でも有名であったという。仕事ぶりも真面目、性格も温厚で、保護者や他の教師たちからの信頼も厚かったようだ。

また、教育委員会の課長職にも就き、休日も家で仕事に明け暮れていたようだ。
当然、事件を聞いた周囲の人たちは「あの人がどうして?」という反応だったという。

どうして、このような真面目な人が、覚醒剤に走ってしまったのか。

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それはこの人が確実に「教員に向いていない人」だったからだろう。周囲の人たちは彼を「真面目な教師」だったと見ているだろう。しかし僕から見れば彼は決して真面目な人ではない。

子供を教育するときに「親の言う事を良く聞く、真面目な良い子になりましょう」なんて言葉を聞くことがある。親が「宿題しなさい」と言えば宿題をして、親が「明日の準備をしなさい」と言えば教科書をそろえてカバンに入れ、親が「もう寝なさい」と言えば寝る。そんな子供を「真面目な子供」だと思ってはいないだろうか。

ではこれはどうだろうか。親が「あそこにある化粧品を取ってきなさい。もしバレたら「お母さんにプレゼントしたかったの」と言って泣くのよ」と、子供に万引きをさせようとしたとき、親の言う事を聞いて、それをするのが「真面目な子供」だろうか?

「万引きをさせる親なんて許せない!」と批判の矛先を親に向けて、真面目か否かの判断を曖昧にする人もいるだろうが、まあ十中八九その子の対して自信を持って「真面目である」とは言えないはずである。

ましてや大人になってすら他人に「万引きをしてこい」と言われて万引きをする大人を真面目だと言える人はひとりたりともいないはずである。

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