本日付けの3月末で、長瀬智也はジャニーズ事務所を退社する。事実上、3人となってしまった「TOKIO」だが、4月には「株式会社TOKIO」を設立し、城島茂が社長に、国分太一と松岡昌宏は取締役に就任することになった。今後は裏方として新たに仕事を始めるとも言われている。

3月28日に放映された『THE 鉄腕DASH』(NTV)では、今もTOKIOが5人であることを象徴するような、5人の影絵が描かれた。驚き困惑するメンバーに、「いいじゃん、どうせ5人なんだから」とラーメンを食べながら当たり前のように言う、長瀬の姿はとても印象的だった。

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私は、1996年ぐらいから女性誌でインタビュー記事を担当し、デビュー2~5年の時期のTOKIOに数回インタビューをする機会をもらった。他の人気アイドルグループの取材も色々とさせていただいたが、TOKIOは他のグループとは違う魅力があった。当時の彼らのエピソードとともに、長瀬くんの魅力を含め、TOKIOというグループについて振り返ってみたい。

当時取材中、メンバーの方たちを「くん」名称で呼ばせていただいていたこともあり、今回「くん」名称で表記することをお許しいただければと思う。

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5人の絶妙な連携プレーで失態をフォローしてくれた

今回の記事を書くために、当時録音したインタビューテープ(当時はICレコーダーではなく、まだ携帯用テープレコーダーで録音していた)を探したのだが、残念ながら発見できなかった。でも、取材時のメモノートは記録として残していた。そのノートをもとに、当時撮影取材に同行していた編集スタッフにも改めて連絡を取って確認し、想い出を振り返ってみた。

TOKIOに最初にインタビュー取材をしたのは、1996年のこと。ちょうど、長瀬くん主演のドラマ『白線流し』の放映前後だったように記憶している。繊細な渉の役が見事な『白線流し』という作品にすっかりハマっていたこともあり、彼らに話を聞けることをとても楽しみにしていた。

撮影スタジオの控室にいた彼らは、わちゃわちゃしていて、とても賑やかだった。今ではみな大人の骨格になり、長瀬君は『俺の家の話』で本物のプロレスラーにも負けない強靭な体型を披露していたが、当時はメンバーみな驚くほど華奢だった。当時18歳の長瀬くんはひざ丈にカットしたジーンズをはいていて、脚の細さに驚愕したことを憶えている。取材メモには「脚ほそい~~!」と走り書きが残っていた。

実はこの日、私はとてつもないミスを犯してしまった。
インタビュー中に、録音用のテープレコーダーが動かなくなってしまったのだ。テープが絡んでしまったのか、うんともすんとも動かない。周囲に気づかれぬように、テーブルの下でレコーダーをカチャカチャと動かしていると、「あれ?それってテープが絡んじゃったのかも、ちょっと見せてもらってもいいですか?」と松岡くん。すると、国分くん、山口くんも参加してきて、「これは引っ張ったら壊れちゃうかな~。ここ押すと外れるかもよ」と、3人でテープレコーダーに格闘。城島くんは「おいおい、壊したら逆にご迷惑だから、大丈夫か?」といいつつ、4人はテープレコーダーを前にあーだーこーだとやり始めてしまった。そして、取材はしばし中断に……。

取材がこんなことで中断になるなんてインタビューアーとしては、失点の冷汗ものだ。「あ、メモで対応しますから大丈夫ですよ、本当にありがとうございます!」と言ってみたものの、彼らは「ちょっと待ってね。直せそうな気がする」と。ああぁ、ヤバい、ヤバすぎる、こんなことをTOKIOにさせてしまうなんて……。

焦って脂汗が出てきた私に、「あ、焦っちゃいますよね。ほら、長瀬は手が空いているんだから、話続けて。ゆっくりお話ししろよ」と松岡くん……。すると長瀬くんは「あ、そっか。じゃぁ、ゆっくり話すようにしますねー」と、メモしやすいように彼なりに配慮してくれたのか、通常の半分以下の速度で、ゆっくり話す。でも、今度はあまりに話すスピードがゆっくりすぎて、今度は何を言っているのかわからない。

「本当にありがとうございます! でも、普通の速度で大丈夫ですよ」というと、「そーでーすーか? こーれーでーどーでーすーか?」とまたしてもゆっくり。「それじゃぁ、笑っちゃうだろ」と国分くんがツッコミを入れてくれて、さらに場が和む。すると、横から「直った!」の声が……! それとともに、5人は「おぉぉ!」と拍手喝采。

若い頃から兄貴キャラで頼もしい存在の松岡くん。長瀬くんも年齢ともに頼れる兄貴度が増している。photo/Getty Images

「なんだこのグループ!阿吽の呼吸で連携が取れている!」とインタビュー内容以上にそのことに驚いてしまったのだ。しかも、人を不安にさせない和ませる力を持っている。きっと彼らにとっては忘れてしまうような、ほんの10~15分ぐらいの出来事だったが、私にとっては忘れられないインタビューとなった。最初のインタビューで、TOKIOにすっかり魅せられてしまったのだ。