写真=渡邉みどり

美智子さまの「人生最後の大仕事」、それは「人生の終い方」だった

「美智子さまの心の代弁者」真摯な思い

美智子さまと同い年のジャーナリスト渡邉みどりさん

縁あって、渡邉みどりさんの新著『美智子さま いのちの旅 -未来へ―』(講談社ビーシー/講談社)を見本の段階で読ませていただいた。長く日本テレビ放送網に勤め、テレビ放送黎明期から皇室報道の最前線で活躍してきた渡邉さん。じつは上皇后陛下・美智子さまと同じ年齢という。

つまり、1934年生まれの86歳であり、皇室取材60年超の大先輩ジャーナリストである。その間、美智子さまについて著した書籍は15冊を超え、最初の著書であり、代表作には『美智子皇后の「いのちの旅」』がある。

ただ、僕はあまり読んでこなかった。というのも、いわゆる皇室ジャーナリストが著した美智子さまに関しての書籍には、「伝聞の伝聞」「過去の本の引き写し」的な著作も多く、新しい真実がまず出てこない。

世間で伝えられてきた「初めて民間から皇室へ嫁いだ美智子さま伝説」がしつこいまでに繰り返され、「はじめに」を読んだだけで先のページをめくる気がしなかった。そんな先入観があった。だが、渡邉さんの新著は、そうした本と明らかに異質な本だった。なぜか……。

撮影=渡邉みどり

皇室をプロデュースしてきた美智子さまの「終活」をテーマに

それは、美智子さまが取り組んでこられたとされる「終活」を主たるテーマとしていたからだ。僕もかつては皇室取材に携わっていた一人として、皇室のエピソードの発掘には腐心してきた。女性週刊誌の記者だったので、ほほえましいエピソードがその中心だった。それだけに「終活」のような重いテーマは避けてきた。

だが、渡邉さんはその重いテーマに取り組んだ。日本テレビに入社したばかりの渡邉さんの初仕事は、上皇さまと美智子さまのご成婚パレードの中継だった。

「私の仕事は、青山学院の中継現場でハレルヤコーラスの学生を待機させ、パレードが通過したら合唱させること。そのコーラスで美智子さまにこちらを向いていただこうと張り切っていました」

と、渡邉さん。                               中継カメラの画像には満面に笑みを浮かべた美智子さまが映ったという。

「この方とは一生涯関わり続けることになる……」

歓声が沸き起こるなか、そんな予感を抱いたという渡邉さんだったが、その予感は的中し、やがて昭和天皇崩御報道の総責任者となる。綿密な取材に裏付けられたエピソード報道では数多くの特ダネをものにし、いつの日からか、「美智子さまのお心の代弁者」とも呼ばれる存在だった。それだけに、美智子さまの歩みは、渡邉さんのジャーナリストとしての歩みに重なるものがあるという。

 

「新刊の本の題名を、私の最初の著作の題名に寄せたのは、今回の本に私自身の特別な思いがあるからです。私自身の仕事の集大成でもあるからです」

渡邉みどりさんの表現を借りれば、それは「人生の終い方」がテーマだという。

「国民に寄り添って生きてこられた美智子さまは、憧れでありお手本でした。美智子さまの最後の大仕事ともいえる『終い方』へのお取り組みをお伝えすることで、私たちにも学べることがたくさんあることでしょう。ご長寿を心より願っております」と渡邉さん。

ご本人の同意を得て、『美智子さま いのちの旅 ―未来へ―』のなかから、皇室をプロデュースし続けてこられた、美智子さまのお取り組みのエッセンスを紹介する。

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