私が大阪市で1人暮らしを始めたのは、1995年のこと。自分で家を管理をするようになると、プラスチックの包装容器が大量に使われていることを実感した。当時、大阪市では燃えるごみも燃えないごみもまとめて捨てられたが、子どもの頃からの習慣で、プラスチックごみなど燃えないごみ用のごみ箱を作っていた。すると、3~4日でごみ箱がいっぱいになるのだ。

プラスチックトレイに入った肉や魚はラップでカバーされ、洗剤や化粧品などの容器もプラスチック製。洗剤類には詰め替え容器があるが、詰め替え容器もプラスチック製。缶入りだったジュース類も、ペットボトルに置き換わっていた。

〔PHOTO〕iStock
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1999年に結婚して東京で暮らし始めると、再び燃えるごみ、燃えないごみに分けられ、新聞などの資源ごみ、金属ごみも分ける生活になった。スーパーでは食品トレイやペットボトル、牛乳パックをリサイクル用に回収していた。やがて東京都はごみの回収システムを変更し、燃えるごみと燃えないごみを分けなくて済むようになったが、相変わらず燃えないごみ用のごみ箱は使い続けている。

この20年、スーパーに並ぶ商品では、鍋用の調味料など、新たに生まれた合わせ調味料・シーズニングが増えた。充実していった総菜類も、プラスチックトレイ入り。コロナ禍で増えた飲食店のテイクアウト総菜も、多くはプラスチックトレイで売られている。