「よど号ハイジャック事件」実行犯による51年目の新証言【後編】

日朝間に残る課題解決のために
伊藤 孝司 プロフィール

米国人3人が身代わり希望

先に述べたように島田滋敏は、金浦空港の「日航現地対策本部」で陣頭指揮を執った。2016年に文庫化された『「よど号」事件 最後の謎を解く』などで、自らの体験から金浦空港で消えた米国人乗客について述べている。

島田によれば、4月2日の午後2時半頃と午後3時20分、そして午後4時と3回にわたり、異なる3人の米国人が金浦空港へやって来て、乗客のダニエル・マクドナルド神父と代わりたいと申し出たのだ。交代すれば死ぬことになるかもしれず、よほど重要な理由がなければ決してできない。

「よど号」で北朝鮮へ不法入国すれば、米国人は日本人より解放までに時間がかかる可能性があった。1968年1月23日に北朝鮮東岸の元山(ウォンサン)沖で、米国海軍の武装情報収集艦「プエブロ号」が朝鮮人民軍に拿捕された。この事件では、乗員が解放されるまで11ヵ月かかっている。

この「よど号」には、米国人がもう一人乗っていた。ハーバード・プリル日本ペプシコーラ代表である。こちらへは、身代わりの申し出はなかった。つまり、マクドナルド神父だけを北朝鮮へ行かせたくないと思った人がたくさんいたのである。

島田は2016年にもNHKの取材に「(身代わり希望の)3遍目が来たからそこで僕はこれは別の理由だ。これは何か裏があるなと」と語っている。また管制塔からは、マクドナルド神父を指名して話をすることを求めている。この極限状況の中で、一乗客であるマクドナルド神父に対してだけ、次々と“米国”からアプローチがあったのだ。

「不思議というより、これはおかしい。しかも身代わりになりたい相手が神父である。これは単なる友情の問題ではなく、明らかに裏があると私にはピンとくるものがあった。その思いは翌日になって確信に変わった」(『最後の謎を解く』)

3日午後2時27分、山村新治郎運輸政務次官が身代わりになったことで乗客全員が「よど号」から降りた。

「乗客が全員解放された直後、丁長官のもとに朴大統領からねぎらいの電話が入ったが、『乗客の安全を考えればできないことでしたが、非人道的な奴らをどうしても引っ捕えたかったので悔し泣きした』という」(『中継現場』)

丁国防部長官は、解放されたばかりの乗客たちと直接話をした。ところが長官の予想に反して、乗客たちは韓国政府の対応に不満を示した。

「流暢な日本語で、なぜピョンヤンに行かせなかったかを説明した。しかし乗客の反応は冷たかった。『我々には関係のない話だ。犯人たちのいう通りにすぐ北に行かせていれば、こんなに苦労しなくてすんだものを』といわんばかりの乗客の表情に、非人道的だと報じた日本のマスコミと同じだなと、丁長官は思ったという。『誰一人お礼を言ってはくれませんでした。皆さんを釈放するためにしてきた数日間の努力の結果がこれなのかと思ったら、なんとも淋しくなりました』」(『中継現場』)

[若林] 「私たちが言うのも変ですが『人命第一』とするなら韓国にとどめる危険を避け、北朝鮮へ『よど号』を飛ばせることだというのは乗客、乗務員の一致した要求、意思でした。これを頭から拒否し、高圧的な態度で出てくる韓国側の対応を『非人道的』と思うのは当然だと思います。

 

エピソードを言えば、韓国側が『乗客を落とせ、落とせば行かせてやる』と何度も繰り返すアナウンスに、乗客の一部は『人間を“落とせ”だなんて無礼な』と憤慨したのも事実です。韓国側の担当者(丁長官?)は『降ろせ』といったつもりでしょうが、『落とせ』という日本語表現になったのが乗客の怒りの火に油を注ぐ結果になったのです」

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