「よど号ハイジャック事件」実行犯による51年目の新証言【前編】

米韓情報機関が金浦空港へ誘導した…

日本の現代史に残る大事件「よど号ハイジャック事件」から51年。今なお北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に暮らす実行犯たちは何を思うのか。昨年11月に出版された『実録 昭和の大事件「中継現場」』(久能靖著、河出書房新社)に書かれたエピソードの数々を、メンバー自らが振り返り検証、真実を明かした――。

ハイジャックの真相を実行犯に問う

「よど号ハイジャック事件」から3月31日で51年になる。赤軍派がハイジャックし、北朝鮮へ向かっていた日航機「よど号」が、平壌近くで急に進路を変えて韓国(大韓民国)の金浦(キムポ)空港へ誘導されて着陸。誰がこれをさせたのか? 多くのジャーナリストやメディアが“謎解き”に挑んできた。

昨年は「よど号事件」50年に合わせ、私は「よど号グループ」全員から、彼らに関する様々な疑惑について54項目の質問を送付。そしてA4用紙37枚におよぶ「回答」を得た。その内容は現代ビジネス(2020年3月27日)に『実行犯が語る「よど号ハイジャック事件」50年目の新事実』として詳細なインタビューを掲載している。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/71341

その後も、「よど号ハイジャック事件」に関して書かれた新たな書籍が出版されている。そこで、51年の今年、平壌で暮らす実行犯4人に読んでもらうことにした。

「よど号ハイジャック事件」や「よど号グループ」に触れた書籍は、30冊近くも出版されている。近年では「グループ」の5人も執筆している『追想にあらず 1969年からのメッセージ』(三浦俊一、2019年)、「グループ」内の3人が関与したとされる拉致事件についての『えん罪・欧州拉致』(刊行委員会、2017年)、金浦空港で陣頭指揮をとった「日本航空現地対策本部」事務局長による『「よど号」事件 最後の謎を解く』(島田滋敏、2016年)、そして「グループ」6人が拉致疑惑への反論として出した『「拉致疑惑」と帰国 ハイジャックから祖国へ』(よど号グループ、2013年)といった書籍がある。

「事件」から半世紀もの歳月が経っても、彼らに関する書籍がいまだに出されるのは、日本の戦後史において特筆すべき大事件であり、解き明かされていない“謎”も未だに残されているからだろう。

そうした中、昨年11月に河出書房新社から『実録 昭和の大事件「中継現場」』と言う書籍が刊行された。この本もまた「よど号ハイジャック事件」に多くのページを割いている。

著者の久能靖氏は、日本テレビのアナウンサーとして「東大闘争」や「浅間山荘事件」などを実況中継したり、数多くのテレビ番組でキャスターを務めるなどして活躍した。2002年には『「よど号」事件 122時間の真実』(河出書房新社)を出している。

「意外なことから(よど号ハイジャック)事件の全貌を知る機会が訪れた。じつは江崎(悌一)副操縦士と私は親戚関係にあり、ある宴会の席でたまたま隣り合わせになった際、自然に『よど号』事件の話題になり、改めてくわしく話をしてもらえることになったのだ。また石田真二機長をはじめ、クルーの方々にも会えることになったが、石田機長には大阪の居酒屋で、江崎副操縦士には自宅で、そのほかのクルーや乗客の方には喫茶店や職場などで話を聞いた」(『実録 昭和の大事件「中継現場」』、以下『中継現場』)

「よど号」のクルーだけでなく、事件当時の韓国軍の最高責任者だった丁来赫(チョン・ネヒョク)国防部長官へのインタビューも実現させている。久能氏はまた、乗客たちとも会い、録音テープや詳細なメモなどを入手し、事件の核心に迫ることが出来たのだ。

そのため、『実録 昭和の大事件「中継現場」』の第4章「よど号ハイジャック事件」を平壌で暮らす実行犯4人に、本の内容に関連した犯人しか知らない事実などを書いてもらうことにした。この本や、「よど号ハイジャック事件」に関する近年に出版された書籍、テレビで放送された内容も検証しながら、「よど号事件」の最大の“謎”に迫ってみたい。

 

なお実行犯4人から送られてきた文章は、読みやすくするために最低限の手を入れている。

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