遺伝子の歴史をさかのぼる
下の図は、ある遺伝子が、無性生殖をする集団中を伝わっていくパターンを表している。各世代の個体数は6個体で、遺伝子は子孫に伝わることもあるし、伝わらないこともある。

さて、現在(7世代目)から時間を逆にさかのぼってみよう。任意の2つの遺伝子を選んで時間をさかのぼると、2つの系統はある時点で1つの祖先遺伝子へたどり着く。これを「合祖する」という。どの遺伝子を選ぶかによって、合祖するまでの世代数は変化する。
たとえば、遺伝子Aと遺伝子Bは、合祖するのに4世代かかる。一方、遺伝子Bと遺伝子Cは、わずか2世代さかのぼるだけで合祖する。
私たちは有性生殖をする生物なので、遺伝子の伝わり方が、図1とは少し違う。図1は無性生殖を念頭に置いて描かれた図だからだ。とはいえ「どの2つの遺伝子を選んでも、十分に時間をさかのぼれば、必ず1つの祖先遺伝子に合祖する」という基本は、有性生殖でも無性生殖でも同じである。
合祖を考えるときに注意しなくてはならないことが2つある。1つ目は、集団中のすべての個体の祖先遺伝子をもつ個体が、集団の起源とは限らないということだ。図1で考えれば、現在(7世代目)の集団中の、すべての個体の祖先遺伝子をもつ個体は、3世代目の遺伝子Dを持つ個体だ。でも、明らかに、この個体は集団の起源ではない。集団は3世代目よりも前から続いているからだ。

2つ目は、遺伝子によって合祖までの時間が違うということだ。すべてのヒトのミトコンドリア(の遺伝子)は、約16万年前にアフリカに住んでいた1人の女性に由来する。ヒトが現れたのは約30万年前だから、約16万年前はそれより後である。だから、その女性はヒトであろう。
一方、FOXP2遺伝子は、100万年以上前のアフリカに住んでいた1人の人類に由来する。ヒトが現れたのは約30万年前だから、100万年以上前はそれより前である。だから、その人類はヒトではない。100万年以上前には、まだヒトはいなかったからだ。