政治家も恐れる『週刊文春』、元社員が徹底取材で書いた「裏社史」

柳澤健氏インタビュー(前編)

2021年も“文春砲”が火を吹いている。政治に与える影響は大きく、毎週のように『週刊文春』の記事が国会答弁に使われており、“文春国会”と表現されるほどである。

そんな『週刊文春』のターニングポイントは2016年だった。ベッキーのゲス不倫、甘利大臣の金銭授受疑惑、ショーンKの経歴詐称……。スクープ記事を連発する当時の『週刊文春』を率いた編集長は、新谷学氏。

昨年12月刊行のベストセラー『2016年の週刊文春』は、文春の内幕のみならず、新谷氏に下された知られざる“3ヵ月間の休養”という名の更迭や上層部の内紛、ホロコースト否定記事を掲載したマルコポーロ事件などにも触れている。

まさに、『週刊文春』を発行する文藝春秋の“裏社史”でもあるのだ。文藝春秋にいた者だからこそ、そこにも踏み込めたのか、または踏み込みざるをえなかったのか? 著者の柳澤健氏に話を聞いた。

(写真:村田克己)

 

公式見解から解き放たれた社史

――『2016年の週刊文春』は、“文春砲”という言葉がインターネットから広がった2016年に『小説宝石』で連載がスタートしました。連載を依頼した光文社の編集者は、当時の編集長・新谷学さんだけにスポットを当てたものを考えていたそうですが。

『週刊文春』のいわゆる“文春砲”については、ジャーナリストの森健さんが2016年3月の時点でYahoo!ニュースの特集で新谷くんにインタビューをしている。だから、森さんに依頼するのが普通の流れですよね。でも、光文社の編集者と話すうちに、新谷くんの頭の中に『2016年の週刊文春』というタイトルが浮かんだ。『1976年のアントニオ猪木』や『1985年のクラッシュ・ギャルズ』をはじめ、私の本は『〇〇年の〇〇』というタイトルが多いし、それがトレードマークにもなっている。だったら、柳澤さんに書いてもらおうか、という話になったのだと思います。僕としてはどうせ書くのであれば、2016年の文春砲の話だけじゃつまらない。新谷くんのインタビューや彼の部下たちだけで終わりにするのではなく、もっと長いスパンや広い視野で文藝春秋という会社と『週刊文春』という雑誌を浮き彫りにするような本が書きたいと思った。

だったら、新谷くんのほかにもうひとり主人公がほしいな、と考えたら「ああ、花田(紀凱)さんがいるじゃん!」って。1988年から1994年にかけて『週刊文春』の編集長を務めた花田さんは78歳、新谷くんは56歳。20歳以上も離れたふたりの編集長を主人公、あるいは狂言回しにすれば、文藝春秋の歴史も『週刊文春』の移り変わりも書きやすい。

関連記事