見て見ぬふりをしたり、
押さえ込んでいたのかも

冒頭では、アレ、つまり「産みたい衝動」が来ないとお話したが、実は昔々、「アレらしきもの」を感じたことがある。18歳のときに一度だけ。

それは、おばあちゃんの死ぬ瞬間に立ちあったときである。私は、兄弟とは歳が離れたド末っ子だったのと、母が家事にパートにと忙しかったので、いつも祖母にべったりだった。その祖母が亡くなったのは、私の高校の卒業式、上京する直前だった。

家族や親戚に見守られる中、大往生したおばあちゃん。静かに音も立てずに、ひとつの命が萎んでいく様子を見て、今までそこに確実にあった人生があっさりと無くなっていく虚しさと共に、このとき「この命のバトンは繋いでいかなきゃいけない」とはっきり思った。死を目の当たりにして「生」を残そうとする本能だったのだろうか。

今考えると「自分の遺伝子を残したい」というより「自分という存在はここまで、何万年と続いてきた遺伝子を次に繋ぐ一つの中継地点にすぎない」という事実を知った直感だったのかもしれない。

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ずっと来ないと思っていた「アレ」は、もしかしたら、衝動的じゃないにしろ、最初からあったのかもしれない。気づかないよう、見て見ぬふりをしていたり、押さえ込んでいたりしていたのかもしれないとふと思い始めた。

それぐらいの覚悟があるのかと自問自答し、試練を自分に与えていたが、条件をクリアしてしまい、自分の中の「子ども欲しいかもしれない」という感情を見逃せなくなってしまった。いや、自分に課した条件が仕事の糧になっていた部分さえあったかもしれない。

納得のできる自分と出会う時間を経て、私の中でゴーサインが出た。今のあなたなら子どものことを前向きに考えていいですよ。妊娠してもいないのに、勝手に先回りしてマタニティーブルーになっていた私にとって、アレをアレだと認識したのが、今このタイミングだったのだ。

写真提供/バービー

もちろん、人には様々な価値観がある。産まない選択、産む選択、そして欲しくても授からないこともある。しかし、私はそれ以前の「何も選び取らない状態」から、一歩進んだように思う

守るものがあって、失うのが怖いという恐れを抱えながら生きるのもいいかもと思えてきた。とはいえ、産みたいという気持ちのスタートラインに立ったに過ぎない。このあと、どうなるのかは誰にもわからないが、今は不安よりもワクワクが勝っている
 


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