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「脱炭素」の切り札!? 意外に奥深い「薪ストーブの科学」

レトロな暖房器具がなぜ注目されるのか

揺れる炎に目をやりながら、片手にブランデー・グラス。初老の名探偵が薪ストーブの炎を前に、ロッキングチェアに腰かけて難事件解決のため、脳細胞をフル回転させている──。

薪ストーブと聞くと、こんな場面を連想する人も多いのではないでしょうか。この記事の筆者である科学ジャーナリスト・三島勇さんも、実際に薪ストーブと出会う前は、そのようなイメージしかもっていなかったそうです。

ところが、薪ストーブを使った冬を3回過ごした今では、その「妄想」は打ち砕かれ、まったく違った印象を抱いているのだとか。

薪ストーブは手強く、奥が深い。扱う人の人間性を試し、忍耐力を要求する。一方で、その暖かさは格別。薪の準備や炉内の掃除、薪の投入など、面倒なことは多々あれど、薪がしっかり燃えてくれると、かけがえのない"相棒"だと感じられるというのです。

興味深いのは、技術開発の進んだ現在の薪ストーブが、「地球温暖化」防止策の1つとして注目を集めているということ。化学燃焼をともなうこのレトロな暖房器具がなぜ、喫緊の課題である「脱炭素」や森林保護に貢献しうるのか。ふしぎに思いませんか?

森林面積が国土の3分の2を占める日本では最近、薪ストーブの使用が増えています。科学ジャーナリストが悪戦苦闘した実体験に基づく「薪ストーブの科学」を、短期集中連載でお届けします。

「シチューの香り」に誘われて

無骨な鉄の箱と暮らすとは、その時まではまったく考えていなかった。偶然にかいだ「匂い」がきっかけと言えばきっかけだった。

そして、その鉄の箱を通して、化学燃焼のしくみばかりでなく、森林保護や地球温暖化の環境問題をより身近な問題として考えることになるとは、想像さえしていなかった。

子どもが巣立ち、夫婦二人となった。20年以上住んでいたさいたま市のマンションは、県庁や市役所、図書館や公園、警察署、駅も近く、生活するには便利だった。だが、北関東にある人口十数万人の地方都市で育った私にとって、居心地が良かったかと言えば、正直なところ、そうではなかった。

周囲はコンクリートの建物が林立し、窮屈感が否めない。近くの国道からは自動車の騒音が絶えることなく、天気のいい日でもベランダの窓は開けられなかった。加えて、40度にもなる夏の気温……。

もうすぐ定年も近い。H・D・ソローの『森の生活』を再読するようになった私は、「自然の中で、あまり自然に負荷をかけないような小ぢんまりとした家に住みたい」と、漠然とそう思うようになっていた。

【イラスト】自然の中の小ぢんまりとした家「自然の中で小ぢんまりとした家に住みたい」と思うようになった

妻と話し合って地方の街に住もうという結論にいたり、子どもたちの賛成も得た。2017年から本格的に土地と家を探しはじめた。土地は、建造物などに対して比較的厳しい規制があり、別荘地や住宅地に樹木が多い長野県軽井沢町追分に決めた。家は、住宅展示場をいくつも回り、ログハウスにたどりついた。

その2017年のクリスマスが近づいてきた12月9日、土曜日──。

都心の街には人があふれ、師走の賑わいを見せていた。しかし、ログハウスの展示場は静かだ。暖かなログハウス内に入ると、シチューの甘く、香ばしい香りが鼻孔を刺激した。

赤い炎を抱いた鉄の箱の上に置かれた鍋から漂ってくる。鉄製ポットからも蒸気が上がる。フッと息が漏れ、肩から力が抜ける。ふるさとの山々が思い出された。この瞬間、薪ストーブを必ず設置しようと心に決めた。

"苦闘"の源泉

その半年前、アウトドア雑誌でよく見かけたログハウスメーカーの展示場にふらりと出かけた。大手住宅メーカーの住宅のように高気密・高断熱の機能はなかったが、国産材を多用し、化学物質が含まれる断熱材の使用量が少ないログハウスに心惹かれた。山小屋風の質素なデザインも好印象だった。

展示されていたログハウス内に、箱型のテレビのような形をした薪ストーブが目についたが、さすがに夏の暑い盛りに火は焚かれておらず、まるでデザインされたオブジェのようだった。契約段階で、薪ストーブを入れるかどうか、入れるとするとどの機種を選ぶかを訊かれた。

当時の私は、薪ストーブは石油の代わりに薪を使う機器くらいにしか考えていなかった。設置するなら、「テレビ形でいいかなあ」と漠然と考えていた。しかし、妻は山小屋風の家には、クラシカルな形がいいと主張する。事前にきちんと調べもしないで、クラシカルなタイプの中でも最も無骨と思えるものを選んだ。その選択が"苦闘"を生むとは夢にも思っていなかった。

ログハウスが完成し、2018年8月に軽井沢町追分に引っ越した。黒い薪ストーブは、米ダッチウエスト社の「フェデラル コンベクション ヒーター」の「スモールFA225」で、居間の西側一角に堂々と鎮座している。

【写真】米ダッチウエスト社「フェデラル コンベクション ヒーター・スモールFA225」ダッチウエスト「フェデラル コンベクション ヒーター・スモールFA225」

本体前面のガラス窓から炎を見つつ、好きなジャズを聴いて文庫本を読む。

「悪くないなあ」

そう悦に入る私は、風車を前にしてすべてがうまくいくと思っていたドン・キホーテだった。

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