解けない5次方程式にも実は解法があった? 方程式が「解けない」とはどういう意味なのか

話題の「三体問題」にも関係しています
浅田 秀樹

5次方程式は解けない!

2次、3次、4次の方程式の解を得る方法は発見されました。こうくれば、5次方程式も解けると考えるのが人情でしょう。筆者も大学に入るまでそう思っていました。そこには特別な新しい数学理論が必要になるとさえ思えません。

先にも述べたように4次までの方程式は四則演算およびベキ根の操作のみを用いて解を見つけることができるのですから、「5次方程式だって、これらの代数的操作だけで解けるはず」と多くの人々が考え、自分こそが解法の最初の発見者になるべく努力しました。

ここで、方程式を「代数的に解く」ことの厳密な意味は、対象とする方程式の係数から出発して四則演算およびベキ根をとる操作を有限回繰り返し、方程式の根を表現することをさします。操作の回数が無限ではなく有限であることに注意してください。

誰一人として一般的な5次方程式の解を運よく見つけられなかった頃、青年エヴァリスト・ガロアは、次数が素数である方程式(1次方程式、2次方程式、3次方程式、5次方程式など)の解法に関する論文をフランス学士院の数学界の大御所オーギュスタン= ルイ・コーシーに提出しました。

ガロアは、フランスの名門理工大学エコール・ポリテクニクの受験に二度失敗し、高等師範学校エコール・ノルマル・シュペリウールに入学したばかりの10代の学生でした。

エヴァリスト・ガロア

コーシーはその論文を紛失してしまいます。その後、ガロアはそれを書き直してフランス学士院に再提出しました。今度は、その論文の審査員であるジョゼフ・フーリエが急死してしまい、またしてもガロアの論文は行方不明になるという不運が続きます。

同じ学士院の数学者シメオン・ポアソンが、ガロアに再度論文を提出するように促し、「方程式のベキ根による可解条件についての考察」という題目のわずか11ページの短い論文をガロアは提出しました。

しかし、1832年、その論文が掲載される前に彼は決闘で20歳の若さで命を落としたのでした。さらに、掲載された後も10年以上、彼の成果が注目されることはありませんでした。

5次方程式が代数的に解けないことは、ガロア以前に「アーベル=ルフィニの定理」によって示されています。しかし、その定理の証明は技巧的なものでした。のちに「ガロア群」とよばれる新しい概念にガロアはたどり着き、そのガロア群の構造を用いて、非常に見通しのよい形で「5次方程式が代数的に解けないこと」を簡潔に証明したのでした。

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