ダイエットばかりで忘れていた「普通の食事」
高校生から25歳頃まで摂食障害でありつつもダイエットを意識していた私は、ずっと『普通の食事』に対して嫌悪感があった。(ここでいう『普通の食事』とは、レストランの定食でよくある、一汁三菜のような組み合わせの食事だ)。
いつも「太るか太らないか」を気にして、『炭水化物抜き』『豆腐だけ』『野菜スープだけ』『なるべくカロリーの低いもの』といった極端な食べものを選ぶようにしていた。なぜなら、『ダイエットは我慢』だと思っていたからだ。
しかし、心が満たされていない過食症の私が『頭で選ぶ食事』をすると、心は更に満たされず、後から余計にドカ食い過食と罪悪感を招いていた。
そして、ある時、「どんな体型でも自分を否定するのは辞めよう。太っていても自分を認めてあげよう」と閃いて、太ることを気にしながら頭で選ぶ食事を辞めた。思い切って普通の食事をしてみよう、本当に自分が食べたいものを食べようと『心が満たされる食事』をするようになった時、私の過食症は止まった。
具体的には、ご飯・味噌汁・メインディッシュという献立を主に自炊するようになった。
『過食したいもの』ではなく、『心から食べたいものを食べる』『自分で作ったものが美味しかった』という達成感は「満足したからもうこれ以上は要らない」という感覚を心と体に取り戻した。心からくる異常な食欲を、『ダイエットの方法』でコントロールしようとすることは難しい。だからまず、食べることで癒したい気持ちが何なのか、という事に俯瞰して気づくことも大事なのだと思う。
人によってそれは、誰にも伝えられない寂しさだったり怒りだったり悲しさだったりする。『人や社会と理解し合えない時』だというと分かりやすいかもしれない。食べ物は、取り込むことによって自分と一体になってくれる。つまり裏切らない存在のようにも感じるから、癒される気がするのだ。