写真:森清
# ミャンマー

祖国が軍事クーデターに揺れる「東京のミャンマー人」たちの本当の声

日本国内から勇気を送り続ける者たち
東京の学生街・高田馬場に「リトルヤンゴン」と言われる、ミャンマー料理屋が点在する一画がある。『西南シルクロードは密林に消える』『ミャンマーの柳生一族』などミャンマーを取材したノンフィクション作品を持つ筆者が、軍政クーデターに揺れる東京のミャンマー人たちの生の声を緊急取材した。 写真/森清

日本国内から勇気を送り続ける者たち

二月一日のクーデターは津波のようにやってきた。ミャンマーの人々がこの十年近くかけて築いてきた生活と希望を一瞬で打ち砕き、押し流した。

しかし、その後、人々は津波と戦いはじめた。津波と戦う? 無理でしょう? とミャンマーにゆかりのある日本人は誰でも思ったが、実際に彼らは戦い、今も戦い続けている。

かくいう私は最初、被災地から遠いところにいた。物理的に遠いだけでなく心理的にも距離があった。ミャンマーに関わるようになって三十年近く経つが、民主化に伴い経済が爆発的に発展し、まるで別の国のようになったというこの八年ほどは全く行っていない。

つまり、今のリアルなミャンマーを私はまるで知らず、そこに暮らす人の怒りや恐怖、悲しみについても今一つピンと来なかった。

インドネシア大使館前でシュプレヒコールを上げる 東京のミャンマー人たち。S N Sでデモ実施の情報 は迅速に拡散され多くのミャンマー人が参加した

ただ、今はフェイスブックやツイッターといったソーシャルメディア(SNS)全盛期である。昔からの友人知人から情報がさながら二次的な津波のように流れ込んできて、私はたちまち渦中に巻き込まれていった。

可能なら現場に行きたかったのだが、コロナ禍で現在、日本からミャンマーに行くことは事実上不可能。そこで次善の策として、日本に暮らすミャンマー系移民の人たちに会って話を聞いてみたところ、意外なことがいろいろわかってきた。

まず、日本には今やミャンマー人が三万人も住んでおり、特に人口が集中している首都圏の在日ミャンマー人社会はあたかも「ミャンマーの地方都市」のような趣を呈していること。それを後押ししているのがSNSである。

端的に言えば、ヤンゴンで「国連に軍を非難する決議を出すように訴えよう!」とデモが起きると、翌日には東京の国連大学前で同じ内容のデモが行われるといった具合だ。

フェイスブックのメッセンジャーではミャンマー国内と日本は同じ地平でつながっている(ミャンマーでSNSといえば九十九パーセント、フェイスブックだという)。軍の兵士や警察が銃で市民を撃ったり棒で殴ったりする映像はひっきりなしにこちらに送られてくるが、逆に今日本で行われているデモもミャンマー国内の人たちがライブで見ており、「いいね!」をバンバン押す。

一部の心ない日本人は「日本国内でデモなんかやっても意味ないだろう」などと嘲笑するが、いやいや、大ありだ。国際社会に圧力を与えるだけでなく、国内で津波と激戦を続ける人たちに勇気を送っているのだから。

 

一方、これら新時代のITとは真逆のアナログなつながりが東京にはある。ミャンマー料理店だ。在日ミャンマー人の心の拠り所は昔も今も母国の料理が食べられる店であり、その経営者の何人かは在日ミャンマー人社会の世話役で、日本における反クーデター活動を先導していた。

これから書くのは、二月末現在、東京のミャンマー料理店オーナー数人を描いたスケッチである。

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