忘れられた極秘核ミサイル計画の「遺産」…冷凍庫の奥のサンプルから見つかったものとは?

熊谷 玲美 プロフィール

「冷戦」が残した「タイムカプセル」

グリーンランドの氷床がすべて解けると、海面は6メートル上昇するとされる。そんな気候変動の脅威を解き明かす手がかりになる貴重なサンプルは、実は「冷戦」という過去の脅威が残した「タイムカプセル」だった。

この氷床コアが採掘されたのは、冷戦時代の1959年から、米軍がグリーンランド北西部に建設した軍事基地「キャンプ・センチュリー」だ。この基地は、最大600発の核ミサイルを氷の下に隠す「プロジェクト・アイスワーム」の拠点として計画された。

もちろん本当の目的は極秘であり、表向きには科学研究の拠点とされていた。氷の下の深さ8メートルに21本の水平トンネルが掘られ、一番長いトンネルは300メートル以上あった。原子力発電装置を使用し、プレハブ構造の教会や映画館なども作られ、5年にわたって最大200人の兵士が常駐した。もはや小さな街だ。

キャンプ・センチュリーの記録映画。1963年に米陸軍が制作

一方、科学研究の一部として氷床コアの掘削も進められ、1966年には氷を1375m掘り進んで、初めて氷床の下の基盤まで到達した。

1960年代のキャンプ・センチュリーで氷床コアを取り出す技術者たち Credit: U.S. Army Corps of Engineers 

しかしキャンプ・センチュリーでは、周囲の氷が予想以上に動いたせいで、建設直後からトンネルが歪み、地下の建造物が破壊され始めた。原子力発電装置などの熱も問題だった。とうとう米軍はプロジェクトを中止し、1967年にキャンプ・センチュリーを放棄してしまう。

本来の目的である軍事プロジェクトが早々に頓挫した一方で、「隠れみの」だったはずの氷床コアはその後、科学研究に大きく貢献する。

氷床は地層と同じで、下に行くほど古い。氷床コアに含まれている大気や水を調べれば、過去の大気の成分や気温がわかる。過去の気温変化が詳細に記録されていたキャンプ・センチュリーの氷床コアは、気候変動研究を大きく前進させた。

しかし氷床コアの掘削調査が盛んになり、新たな氷床コアサンプルが手に入るようになると、キャンプ・センチュリーの氷床コアへの関心は薄れ始め、1990年代なかばにはほとんど忘れられてしまった。

その頃、その氷床コアサンプルは、かつての掘削調査の責任者、ニューヨーク州立大学バッファロー校のラングウェー教授の手元にあった。ラングウェー教授はサンプルを1970年代初めから保管していたが、退職を前にして、デンマーク大学の旧知の研究者に引き取りを打診する。

デンマーク大学のステファンセン教授によれば、ラングウェー教授は、他の研究者からの引き合いもなくなった氷床コアをもてあましてしていたらしい。「こっちにきて氷を引き取ってくれ。そうじゃなかったら、(五大湖の1つの)エリー湖に捨てるから」とまで言われたという※3。 

キャンプ・センチュリーの氷床コアはすぐにデンマークに運ばれたが、一部の箱は開封もされずに冷凍庫に入れられ、徐々に忘れられた。

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