親が認知症かもしれない――誰でも年を重ねると「できなくなること」が出てくるのは自然な話だが、「これは認知症かもしれない」という線引きも難しい。しかもその「親」が義理の親の場合、あなたはどうするだろうか。

義母の謎の行動に長く悩んでいたのが、フリーライターの上松容子さんだ。結婚前に夫の実家を訪ねた時、専業主婦の鏡のようにかいがいしく夫の世話をやく義母だったが、孫である上松さんの娘が話しかけても無視したり、義父ががんとなって亡くなった時に驚くような言動を見せたり、実家売却のときに勝手に格安で売却してしまったり……義理の娘である上松さんは戸惑うばかりだった。上松さんの父ががんとわかり、一時期同居を提案した時の冷たいはねつけには心が凍り付いたが、一人にしておくこともできず、二世帯住居での同居を決意する。しかし同居がはじまると、お願いしては直前に断ったり、誰かに見張られていると騒いだりという義母の行動に振り回されることとなってしまった。

連載「謎義母と私」、今回は、同居がスタートし、半年ほど振り回され続けたときに様々なことがわかるようになった「きっかけ」のことをお伝えする。なお、個人が特定されないように上松さん自身もペンネームであり、登場人物の名前は仮名としたドキュメンタリーである。

容子    20代後半で結婚。現在50代
夫     容子と同い年。営業職
明子    容子と夫の一人娘
義父       東京近郊在住 大正生まれ 中小企業社長
義母トミ子 昭和ヒト桁生まれ 元看護師 専業主婦
上松容子さん連載「謎義母と私」今までの記事はこちら
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「何かが違う」義母との関わり

義母と暮らすようになって半年ほど。すでに生活や気持ちのすれ違いが多々あり、私も家族も、彼女とどう付き合えばいいか頭を悩ませていた。

義母とやりとりをしていて不可解だったのは、どの「謎言動」からも、悪意を全く感じられないことだった。がんで余命わずかと宣告された父の、最後の世話をしたいと言った私に、お父さんのことは諦めろと言い放ったときも、あまりにも能天気で子どもっぽい態度だった。でも、だからこそ、こちらが受けたショックは大きかった。悪意はないが、相手の気持に寄り添う様子が微塵も感じられなかったからだ。

孫が話しかけても無視をすることもたびたびあった Photo by iStock

私が育ってきた環境が、何よりも正しくて素晴らしいと言うつもりはない。ただ、私の家族や親類は、ベタベタした関係ではないがお互いに喜びや悲しみを分かち合おうとしてきた。私はそれが世の中のスタンダードだと信じていたのだ。義母の言動を、文化の違いだと考えようとしたけれど、感情というのはそれほどかんたんに割り切れるものではない。

義母は、一見とても大人しそうに見えた。声も小さく、伏し目がちで、人畜無害で優しげな老女にしか見えなかった。しかし、自分以外の人間への気遣いをすることができず、いざとなるとテコでも動かない頑固さも持ち合わせていた。