パチンコで借金300万円、妻に土下座…知られざる「ギャンブル依存症」の恐怖

田中 紀子 プロフィール

社会人になり、14年間に渡る野球人生に終止符を打った。

そして入社の慌ただしさから落ち着いた6月に東京転勤となった。このタイミングで友人の付き合いでクレジットカードを作りキャッシングを覚えてしまった。

するとパチンコの歯止めが効かなくなり、あっという間に借金が40万円になった。このことが当時の彼女にバレてしまい、別れ話にもなったが、結局パチンコをやめ、借金を真面目に返すことを約束し、この時は実際に完済もして結婚に至った。

結婚し子供ができると、妻は当然のごとく子供にかかりっきりになった。しかも子供は年子で、専業主婦の妻はますます忙しくなった。夫婦はすれ違いが続き、妻にかまってもらえなくなった分、Yさんは仕事に打ち込み、同期の中で一番に管理職になった。

Yさんは当時を振り返り「今思えば、自分は常に承認欲求の塊で、勉強や野球で満たされなければ、妻に満たして貰おうとし、それができなくなればギャンブルで、ギャンブルもできなくなると今度は仕事で満たされようとしていました」と言う。

「妻にとって子供が一番になってしまうと『俺はこんなに頑張っているのになんで褒めてくれないんだ』と思っていました。大変な子育てを思いやれず、自分のことばかりで身勝手そのものでした」と語った。

そして下の子が2歳になった頃、仕事も頭打ちになり、急にパチンコの衝動にかられる。これを我々依存症者は「回路ができている」と呼ぶが、何かの拍子主にストレスフルな出来事が続くと、この衝動がいつ襲ってくるのか分からないところが依存症の恐ろしい所である。

少しだけと思ってやったパチンコで3000円が3万円になり、Yさんは久々に高揚感を味わった。そして再びパチンコが止まらなくなってしまった。

家では妻と気持ちのすれ違いが続き、幼い子供がいるにもかかわらず、自分の居場所感がなくまっすぐ帰る気になれなかった。借金はあっという間に300万円にまで膨れあがった。

自転車操業ではやりくりできなくなりYさんはここで妻に借金を告白。土下座して詫び、妻が調べたギャンブル依存症者のための自助グループに参加することを約束した。結局、借金は250万円と過少申告して、溜まっていた財形貯蓄で清算してもらった。

 

このギャンブル依存症者が借金がバレた時に過少申告するのは常套手段で、少しでも罪悪感を軽減したいのと、一部使えるカードを残しておきたいためである。

実はYさんの職場ではギャンブルがはびこっており、この時職場のギャンブルで勝って残りの借金を支払おうと考えていた。自助グループも3回ほど行って止めてしまった。

しかしYさんの目論見は見事に外れ、職場のギャンブルでも負けてしまい、結局残りの借金も妻に泣きつき清算してもらうこととなった。

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