パチンコで借金300万円、妻に土下座…知られざる「ギャンブル依存症」の恐怖

田中 紀子 プロフィール

人はこうしてギャンブル依存症に陥る

それでは人はどんな背景でギャンブル依存症に陥るのか?

ギャンブル依存症から回復したある方の経験談が、良くあるパターンとして非常に参考になるので、この度取材した。

Yさんは某地方都市に生まれ、小学校2年生から軟式少年野球を始めた。Yさんは容姿も整った上に、小学校、中学校と勉強もスポーツも一番だった。

けれどもYさんのご両親はYさんに期待するあまり、活躍を素直に褒めてはくれず、一番になっても「そんなところで満足していてはつまらん」と言われ、街ではるか年上の東大に入学した先輩を引き合いに出し比較されたりしていた。

Yさんは「自分は勉強やスポーツといったブランドがないと愛されない」と思うようになり、良い成績を取ることで承認欲求を満たしていた。

高校になって進学校に進むと、勉強の方は上には上がいて自分はとてもトップにはなれないと早々に諦め、逆に甲子園を目指し野球に打ち込んだ。Yさんは高校3年生の時にはエースとなったが、夏の県大会の2回戦でその年の甲子園出場校とあたってしまい、あえなく敗退。部活も引退となった。

 

引退後は有り余る時間で再び勉強に打ち込むようになり、地元の公立大学に無事合格することができた。そして大学に入ると再び野球部に入部した。

高校卒業後の春休みにYさんは同級生に誘われ1度パチンコをやったが1万円をあっという間に失い2度とやらないと誓っていた。ところが大学3年生の時にパチンコ好きの同級生に執拗に誘われ、再び足を踏み入れることとなった。

ここで3000円が15000円に増え、ご本人曰くスイッチが入ってしまった。当時Yさんは、大学と野球部の練習を毎日こなすほかに週2日深夜に飲食店でアルバイトをしていたが、1日のバイト代以上のものがこの時簡単に稼げてしまった。

Yさんは段々パチンコにのめり込むようになり、優先順位が狂っていった。パチンコで当たりが出て確変にに入り連チャンが続いた時などは、バイト先に嘘をついて遅刻をし、パチンコ代がなくなると給料を平気で前借りするようになった。

けれども大学時代は毎日野球の練習があったおかげもあって、借金生活にまでは至らず、ギリギリのところで踏みとどまった。

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